・・・ 一体お前が年嵩な癖に勘弁してやらないのが悪いんです。」 母は洋一をかばいながら、小突くように兄を引き離した。すると兄の眼の色が、急に無気味なほど険しくなった。「好いやい。」 兄はそう云うより早く、気違いのように母を撲とうとした・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ただし正確にいうと、私の徴集した小作料のうち過剰の分をも諸君に返済せねば無償ということができぬのですが、それはこの際勘弁していただくことにしたいと思います。 なおこの土地に住んでいる人の中にも、永く住んでいる人、きわめて短い人、勤勉であ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・りく お気に障りましたら、御勘弁下さいまし。撫子 飛んでもない。お辞儀なんかしちゃあ不可ません。おそのさん、おりくさん。りく いいえ、奥様、私たちを、そんな、様づけになんかなさらないで、奉公人同様に、りくや。その その、と呼・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・あなたに色々御無念な処もありましょうけれど、どうぞ政夫さん、過ぎ去った事と諦めて、御勘弁を願います。あなたにお詫びをするのが何より民子の供養になるのです」 僕はただもう胸一ぱいで何も言うことが出来ない。お祖母さんは話を続ける。「実は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・これほど明白に判り切った事をおとよが勝手我儘な私心一つで飽くまでも親の意に逆らうと思いつめてるからどうしても勘弁ができない。ただ何といってもわが子であるから仕方がなく結末がつかないばかりである。 おとよは心はどこまでも強固であれど、父に・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・留めなかったが、誰だか鴎外に注意したものがあったと見えて、その後偶然フラリと鴎外を尋ねると、私の顔を見るなり、「イヤ失敬した、失敬した、アレは美妙が書いたんだってね、君かと思ったのでツイ失敬した、まあ勘弁してくれたまえ、」と気の毒そうにいっ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・もっとじつは遣りてえんだが、今言うとおり商売がねえんだから、これで勘弁してくんな。」 私も傍で聞いていて諢うのだと思った。女房も始めは笑談にしていたが、銭占屋はどこまでも本気であった。「お前さん、それじゃ私を一時の慰物にしといて、棄・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・後生だから勘弁してお呉れよ。」 いくら子供がこう言っても、爺さんは聞きませんでした。そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 子供は為方なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿は段々・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・の音の積み重ねと、露骨な表現を避けたいいまわしに、私は感心した、そして桃子という芸者がそれを断るのを、自分は泊ることは困る、勘弁してくれという意味で「あて、かなわんのどっせ。かんにんどっせ」と含みを持たせた簡単な表現で、しかも婉曲に片づけて・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・今夜はもうこの位で勘弁してくれと、頼めばよさそうなものだのに、頑として蚊帳の外に頑張っているその依固地さは、十や十一の少女とは思えなかった。「親も親なら、娘も娘だ」 どちらも正気の沙汰ではないと、礼子はむしろ呆れかえった。 夏の・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫