・・・わからなければ、勝手にするが好い。おれは唯お前に尋ねるのだ。すぐにこの女の子を送り返すか、それともおれの言いつけに背くか――」 婆さんはちょいとためらったようです。が、忽ち勇気をとり直すと、片手にナイフを握りながら、片手に妙子の襟髪を掴・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・言われなくたって、出たけりゃ勝手に出ますわ、あなたのお内儀さんじゃあるまいし。戸部 俺たちの仕事が認められないからって、裏切りをするような奴は……出て行け。瀬古 腹がすくと人は怒りっぽくなる。戸部の気むずかしやの腹が・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・自分が今まで勝手に古い言葉を使って来ていて、今になって不便だもないじゃないか。なるべく現代の言葉に近い言葉を使って、それで三十一字に纏りかねたら字あまりにするさ。それで出来なけれあ言葉や形が古いんでなくって頭が古いんだ。B それもそうだ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・あまつさえ酔に乗じて、三人おのおの、その中三婦人の像を指し、勝手に選取りに、おのれに配して、胸を撫で、腕を圧し、耳を引く。 時に、その夜の事なりけり。三人同じく夢む。夢に蒋侯、その伝教を遣わして使者の趣を白さす。曰く、不束なる女ども、猥・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・そういうおとよさんははなはだ身勝手な女のように聞こえるけれど、人を統一する力あるものはまたその統一を破るようなことを必ずするものだ。 おとよさんの秘密に少しも気づかない省作は、今日は自分で自分がわからず、ただ自分は木偶の坊のように、おと・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・水が飲みたいんで水瓶の水を取ろうとして、出血の甚しかったんを知り、『とても生きて帰ることが出来んなら、いッそ戦線に於て死にます』云うたら、『じゃア、お前の勝手に任す』云うて、その兵はいずれかへ去った。この際、外に看護してくれるものはなかった・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・随分内を外の勝手気儘に振舞っていたから、奉公人には内の旦那さんは好い旦那と褒められたが、細君には余り信用されもせず大切がられもしなかった。 殊にお掛屋の株を買って多年の心願の一端が協ってからは木剣、刺股、袖搦を玄関に飾って威儀堂々と構え・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・けれどみんなは、口々に勝手なことを喚いて、承知をしませんでした。「手に捕まえてみせなけりゃ、金をやらない。」と、酒に酔った男もいいました。「私は、お金はいりません。そのかわり、今夜この町へ、黒い鳥をたくさん呼んでみせましょう。」と、・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・私は勝手が分らぬので、ぼんやり上り口につっ立っていると、すぐ足元に寝ていた男に、「おいおい。人の頭の上で泥下駄を垂下げてる奴があるかい。あっちの壁ぎわが空いてら。そら、駱駝の背中みたいなあの向う、あそこへ行きねえ。」と険突を食わされた。・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫