・・・それだからいいようなものの、火の手は次第に募る。放ってはおけない。――勘助は井戸水をくみ上げながら、いやはやと思った。これは、大火事より都合がわるい。見物は、だらしなく、ワアハハハと笑うきりで手助けはしないし、火より先にけんかをやめさせる必・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 益々元気旺盛な行進がつづいて、うれしい思いが募るにつれ、私は、もっと音楽をと願った。もっといろいろの歌を、と心に叫んだ。来年こそ、私たちは、もっともっと素晴らしい音楽を先頭に立てて行進するだろう。紙や布もたっぷり買って種々様々の意・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・不安が募るにつれ、非常警報器を引けと云う者まで出た。駅の構内に入る為めに、列車が暫く野っぱの真中で徐行し始めた時には、乗客は殆ど総立ちになった。何か異様が起った。今こそ危いと云う感が一同の胸を貫き、じっと場席にいたたまれなくさせたのだ。・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・私の愛は恋人が醜いゆえにますます募るのである。 私は絶えずチクチク私の心を刺す執拗な腹の虫を断然押えつけてしまうつもりで、近ごろある製作に従事した。静かな歓喜がかなり永い間続いた。そのゆえに私は幸福であった。ある日私はかわいい私の作物を・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫