・・・二人並んで勤め先から「真夏の夜の夢」を観にきていた幾組かの恋人たちの、今日の悩みと求めている解決とは、親の反対に駈け落ちしたにしても、その先の先までつけまわす食糧危機を、二人のきまった月給のうちでどう打開するか。なにより先に落付く住居はどう・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・一人の市民が勤め人として勤め先の機械性、非人間的仕くみに苦しみ、人間として自分の一生をしみじみと思いめぐらすとき、昨日までのわたしたちの文学は、その苦悶を限度として止らなければならなかった。けれども、今日、その勤人はおそらく組合をもっている・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・政府も、婦人にふさわしい仕事と衛生設備について一言ふれているのではあるけれども、それぞれの工場や勤め先での実際ははたしてどこまでそれが反映されているであろう。 日本の働く婦人はあらゆる職能を通じて、今日きわめて深刻な板ばさみに置かれてい・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・親たちは、小脇に勤め先からもってかえった書類入鞄をはさみながら、やっぱり同じように陽気な顔つきで立って、お伴をつとめている。―― これこそ、独特なソヴェト同盟風景だ。親子は托児所からの帰りなのだ。 産業別労働組合が共同資本で建ててい・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・あのように厳しく、そこから逃げ出せば法律で以て罰せられ、牢屋にまで送られた徴用の勤め先が軍部への思惑だけで、収容力もないほどどっさり徴用工の頭数だけを揃えていることや、そのために宿舎、食糧、勤労そのものさえ、まともに運営されて行かず、日々が・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 実際の条件は同じによくないのだが、勤め先が世間で通っている名のよいために、それで微かななぐさめや自分への矜持を保とうとする若い女性の心理が、今日の働く婦人たちの心からどのくらい無くなって来ているだろう。その点どのくらい成長して来ている・・・ 宮本百合子 「働く婦人の歌声」
・・・平凡な物憂い夫婦生活と、はんこで押したような勤め先の仕事。そのものうさを人生の姿としてそれなりに訴えずにいられなくて、書きはじめられた小説が、考えすすみ書きすすむままに、やがて次第にすべてそれらのものうさの原因を、主人公の内部にあるものと、・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・しかも、その望みの内容というか動機というか、スプリングとなっているものは、嘗てロマンチシズム時代の青年が、新しき世ひらけたり、という風な激情を身内に覚えて芸術を求めてゆくのではなく、勤め先、家庭、この社会での自身の一般的境遇に何か云わずにい・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・レオニード・グレゴリウィッチが電車賃を節約するために勤め先と同じ区内にこの貸間を見つけたのであった。主人は請負師であったが、この男は家にいない。妻らしい女も見えなかった。階下には六畳、三畳、台所とある、日光のよくささないところに六十余の婆と・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 軽工業の生産品を、今年の冬は一つの工場、その他の勤め先に半年以上勤めた者に、特別のを渡して配給することにしている。例えば外套、防寒靴、布地等をそういう組織で配給している。 今ソヴェトは重工業に力を入れているから軽工業の生産品はまわ・・・ 宮本百合子 「露西亜の実生活」
出典:青空文庫