・・・が、生憎その勧誘は一度も効を奏さなかった。それは僕が養家の父母を、――殊に伯母を愛していたからだった。 僕の父は又短気だったから、度々誰とでも喧嘩をした。僕は中学の三年生の時に僕の父と相撲をとり、僕の得意の大外刈りを使って見事に僕の父を・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・彼らは農家の戸別訪問をして糧秣廠よりも遙かに高価に引受けると勧誘した。糧秣廠から買入代金が下ってもそれは一応事務所にまとまって下るのだ。その中から小作料だけを差引いて小作人に渡すのだから、農場としては小作料を回収する上にこれほど便利な事はな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・君の名を知らんもんだからね、どんな容子の人だと訊くと、鞄を持ってる若い人だというので、(取次がその頃私が始終提げていた革の合切袋テッキリ寄附金勧誘と感違いして、何の用事かと訊かしたんだ。ところが、そんなら立派な人の紹介状を持って来ようとツウ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・もっとも保険の勧誘員にならいくらか成り易かった。しかし私はそれすら成れなかった。私のような髪の毛の者が勧誘に行っても、誰も会おうとしないだろうと思ったのか、保険会社すら私を敬遠した。が、私は丸刈りになってまで就職しようとは思わなかった。・・・ 織田作之助 「髪」
・・・私は気弱く狼狽して、いや何処ということもないんだけど、君たちも、行かないかね、と心にも無い勧誘がふいと口から辷り出て、それからは騎虎の勢で、僕にね、五十円あるんだ、故郷の姉から貰ったのさ、これから、みんなで旅行に出ようよ、なに、仕度なんか要・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・と呼んで、生命保険の勧誘にでも来たのかと思わせる紳士もあるが、これもまさしく酒を飲みに来たお客であって、そうして、やはり黙殺されるのが通例のようになっている。更に念いりな奴は、はいるなりすぐ、店のカウンタアの上に飾られてある植木鉢をいじくり・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・とを対立させてながめる時に浮かんでくるいろいろな感想をここに有りのままに記録して本講座の読者にささげるということは、全く無意味のわざでもあるまいと考えたので、編集者の勧誘に甘えてここにつたない筆を執ることにした次第である。もとよりただ、一つ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それで田丸先生の場合にしても、なくなられてまもない今日、こんなものを書く気になりかねるのではあるが、理学部会編集委員のたっての勧誘によって、ほんの少しばかり自分の高等学校時代の思い出を主にして書いてみることにした。 明治二十九年の秋熊本・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・その時レーリーからマクスウェルに送った手紙を見ると、ウィリアム・タムソンは決定的に辞退したから、是非ともマクスウェルが就任してくれるようにと勧誘している。その手紙の中でこう云っている。「この地位に望ましい人は、ただ講義をするだけの先生ではな・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・同時に、きょうの社会現象のあれこれが、未亡人の官製全国組織に、かつて軍時貯蓄勧誘に尽力した某女史が再登場しているということまでふくめて、細密に観察され評価されてゆくことも、必要である。そして、双方ともにそれぞれの意義をもっている二つの研究に・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫