・・・ それはとにかく、暑い国の夏の夕凪は、その肉体的効果から見ればたしかに、ベート・ノアルであるが、しかしそれが季節的自然現象であるだけにかなりに多彩な詩的題材を豊富に包蔵していることも事実である。 夕凪は夏の日の正常な天気のときにのみ・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・あるいはこれに反して我が身に一点の醜を包蔵せんか、満天下に無限の醜を放つものあるも、その醜は以て我が醜を浄むるに足らず、また恕するに足らず。されば文明なる西洋諸国の社会にもなお醜行の盛んなるを見聞したらば、幸いに取って以て自省の材料にこそ供・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・各芸術部門の独自性、その創造力の土台の社会的・科学的な研究というものは、この巨大な可能性を包蔵している骨組みの細部として、もっと学ばれ、科学的に整理された現実的資料として提供されなければならないのではなかろうか。 これまでも、たとえばプ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・それらを包蔵する社会の全面的、根本的前進があってはじめて可能であり、やがて同じ浮浪児でもその発生の社会的原因が崩壊と貧困化と廃頽のみであったものからより強く社会の発展的要素の反面を反映するものとなってゆくところに、非常な面白さがあるのである・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・ ゴーリキイの今日までの道を見ると、勿論複雑な矛盾は包蔵されていたのだが、彼の社会関係における態度と創作の実践を通じて仔細に見れば見るほど、私たちの前にはっきり現れて来るのは、ゴーリキイの社会的実践によってそれ等の矛盾が如何により高きも・・・ 宮本百合子 「作家研究ノート」
・・・染色体はそれを包蔵する細胞の健康状態と勿論結びついた関係にある。互に、夫は妻を強度のヒステリーと呼び、妻はその夫を性格破産者類似のものとして公表するような今日の増田氏の夫婦関係は、果して二十八年前、健全な結合におかれてあったのであろうか。今・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・目をそらさず瀰漫した不安を追究せよ、と云われたその言葉は雄々しげであったが、果して、それらの人々は不安を凝視してそこから何か新しい途を見出す社会的・文学的なよりどころを客観的に包蔵していただろうか。 不安の文学という声は、先ずそれを唱え・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・そういう、とことんのところで消極的なものが包蔵されている心理で、良い恋愛の対象にめぐり会えまいことは一応わかることだし、その程度の対象では生涯の伴侶として決定しかねるという因果関係が生じて来るのもわかる。 真率な、健康な理性と情感とをも・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・の構成要素は、アカデミックな面において強味を加えて来ていると共に、やはり一片ならぬ矛盾、自己撞着を包蔵していることが見える。例えば中河与一氏の万葉精神に対する主観的傾倒と佐佐木信綱氏が万葉学者として抱いていられる万葉精神に対する客観的見解と・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺れ合いに、ただ、彼等のみがもつ静粛な、けれどもどんな律動をも包蔵した力の調和を示している。 高い・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫