・・・ 高さ四、五丈も、周囲二町もあろうと見える瓠なりな小島の北岸へ舟をつけた。瓠の頭は東にむいている。そのでっぱなに巨大な松が七、八本、あるいは立ち、あるいは這うている。もちろん千年の色を誇っているのである。ほかはことごとく雑木でいっせいに・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 堤の南は尾久から田端につづく陋巷であるが、北岸の堤に沿うては隴畝と水田が残っていて、茅葺の農家や、生垣のうつくしい古寺が、竹藪や雑木林の間に散在している。梅や桃の花がいかにも田舎らしい趣を失わず、能くあたりの風景に調和して見えるのはこ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ ここに「北岸部隊」というものを書いた一人の作家があります。農村から、工場から、勤口から、学校から兵隊にされていっている人たちが、人間らしく悲しみ、人間らしく無邪気に歓び、死にさらされているありさまを目撃して、それを人々に伝えたい、とい・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫