・・・しかしきょうは人かげもなければ、海水浴区域を指定する赤旗も立っていなかった。ただ広びろとつづいた渚に浪の倒れているばかりだった。葭簾囲いの着もの脱ぎ場にも、――そこには茶色の犬が一匹、細かい羽虫の群れを追いかけていた。が、それも僕等を見ると・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・桂月先生はこの鴨の獲れないのが大いに嬉しいと見えて、「えらい、このごろの鴨は字が読めるから、みんな禁猟区域へ入ってしまう」などと手を叩いて笑っていた。しかもまた、何だか頭巾に似た怪しげな狐色の帽子を被って、口髭に酒の滴を溜めて傍若無人に笑う・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ 老人は今は眼の下に見わたされる自分の領地の一区域を眺めまわしながら、見向きもせずに監督の名を呼んだ。「ここには何戸はいっているのか」「崕地に残してある防風林のまばらになったのは盗伐ではないか」「鉄道と換え地をしたのはどの辺・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 曾て、市街公園の名称にて、新聞に報ぜられたと記憶するが、なんでも、ある一定の時間内だけ、その区域間の自動車、自転車の通行を禁じて、全く、児童等のために解放して、小さき者達の遊園とする、計画であったと思う。あの話は、その後何うなったので・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ HとSとの間に、かなり広汎な区域に亘って、森林地帯があった。そこには山があり、大きな谷があった。森林の中を貫いて、河が流ていた。そのあたりの地理は詳細には分らなかった。 だが、そこの鉄橋は始終破壊された。枕木はいつの間にか引きぬか・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そして、その地図の区域は次第に拡大した。「さ、這入ったよ。」 タエは、鉱車を押し出す手ごをした。 それは六分目ほどしか這入っていなかった。市三は、枕木を踏んばりだした。背後には、井村が、薄暗いカンテラの光の中に鑿岩機をはずし、ハ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・という語は、世界において分布区域の甚だ広い語で、我国においてもラテンやゼンドと連なっているのがおもしろい。禁厭をまじないやむると訓んでいるのは古いことだ。神代から存したのである。しかし神代のは、悪いこと兇なることを圧し禁むるのであった。奈良・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 細い流について行ったところに、本町の裏手に続いた一区域がある。落葉松の垣で囲われた草葺屋根の家が先生の高瀬を連れて行って見せたところだ。近くまで汁粉屋が借りていたとかで、古い穴のあいた襖、煤けた壁、汚れた障子などが眼につく。炬燵を切っ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・筒井氏の調査によると、冬季降雪の多い区域が、若狭越前から、近江の北半へ突き出て、V字形をなしている。そして、その最も南の先端が、美濃、近江、伊勢三国の境のへんまで来ているのである。従って、伊吹山は、この区域の東の境の内側にはいっているが、そ・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・来年にもあるいはあすにも、宝永四年または安政元年のような大規模な広区域地震が突発すれば、箱根のつり橋の墜落とは少しばかり桁数のちがった損害を国民国家全体が背負わされなければならないわけである。 つり橋の場合と地震の場合とはもちろん話がち・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
出典:青空文庫