・・・また梯子を上りて五色の滝、大梵天、千手観音などいうを見る。難界が谷というは窟の中の淵ともいうべきものなるが、暗くしてその深さを知るに由なく、さし覗くだに好き心地せず。蓮花幔とて婦燭を岩の彼方にさしつくれば、火の光朧気に透きて見ゆるまで薄くな・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・これがために、いわゆるストロボスコープ的効果によって、進行せる自動車の車輪だけが逆回りをしたりするような怪異が出現し、舞踊する美人が千手観音に化けたりするのである。そうして、ひとコマの照射時間にその物自身の線長に対して比較さるべきほどの距離・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 敵の飛行機の音を聞きつけてその方向を測知するという目的のために、文明国の陸軍では、途方もなく大きな、千手観音の手のようなまたゴーゴンの頭のようなラッパをもった聴音器を作っている。しかし蚊のほうは簡単である。生まれた時からだれにも教わら・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫