・・・その袖と思う一端に、周囲三里ときく湖は、昼の月の、半円なるかと視められる。「お米坊。」 おじさんは、目を移して、「景色もいいが、容子がいいな。――提灯屋の親仁が見惚れたのを知ってるかい。といったら、……はどうだい。そのか・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・流れは林の間をくねって出てきたり、また林の間に半円を描いて隠れてしまう。林の梢に砕けた月の光が薄暗い水に落ちてきらめいて見える。水蒸気は流れの上、四五尺の処をかすめている。 大根の時節に、近郊を散歩すると、これらの細流のほとり、いたると・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開きをYで表わすとるると、イエアオウと順に発音する場合にXYで表わされる直角坐標図の上の曲線はざっと半円形のようなものになる。次にXYの面に垂直なZ軸の方向に時間を取る。そうすると色々の母音を順・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・ アーチになった祭壇のすぐ下には、スナイダーを楽長とするオーケストラバンドが、半円陣を採り、その左には唱歌隊の席がありました。唱歌隊の中にはカナダのグロッコも居たそうですが、どの人かわかりませんでした。 ところが祭壇の下オーケストラ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・議席も議長席も傍聴席と同じおだやかな藍灰色の天鵞絨ばりで、下は暗赤色の絨氈がしきつめられている。半円形に並べられている議席はまだ空虚で、一段高くしつらえられた議長席のヨーロッパ風な背高椅子や、そのすこし下の左右に翼をはっている大臣席など出場・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・ 彼は水平線へ半円を沈めて行く太陽の速力を見詰めていた。 ――あれが、妻の生命を擦り減らしている速力だ、と彼は思った。 見る間に、太陽はぶるぶる慄えながら水平線に食われていった。海面は血を流した俎のように、真赤な声を潜めて静まっ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫