・・・そして下大和橋のたもとの、落ちこんだように軒の低い小さな家では三色ういろを売っていて、その向いの蒲鉾屋では、売れ残りの白い半平が水に浮いていた。猪の肉を売る店では猪がさかさまにぶら下っている。昆布屋の前を通る時、塩昆布を煮るらしい匂いがプン・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・学舎の壁は火で煤け、天井はやっと夜露を凌ぐばかりだが学者達は半片の紙、半こわれの検微鏡を奇蹟のように働かせて、真理へ一歩迫ろうとしています。イオイナ そうだろう。――そうなければなりません。そして、私の忠実な僕の芸術家達は、巫女のような・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・一つでも、その半片でも、人間が受けている、或は受けなければならない苦難を知ると、その一点を中心として四囲に発散している種々の光彩を見、感じる事が出来るように成るのではあるまいか、私の魂が粗野で、先頃までは鈍かった感触が此頃漸々有るべき発育を・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫