・・・検査場を出ると、私は半日振りの煙草を吸いながら、案外物分りのいい徴兵官だなと思った。 その後私は何人かの軍人に会うたが、この徴兵官のような物分りのいい軍人には一人も出会わなかった。むしろ私の会うた軍人は一人の例外もないと言っていいくらい・・・ 織田作之助 「髪」
・・・あいつは、今日半日のうちに、俺のことを、七通りの呼び方で呼びやがった。「おい、屑!」「おい、蠅!」「おい、南京虫!」「おい、蛆虫!」「おい、しらみ!」「おい、百足!」「おい、豚!」――何をぬかしやがるんや。俺が豚やったら、あいつは、豚もあい・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 二 半日の囲碁に互いの胸を開きて、善平はことに辰弥を得たるを喜びぬ。何省書記官正何位という幾字は、昔気質の耳に立ち優れてよく響き渡り、かかる人に親しく語らうを身の面目とすれば、訪われたるあとよりすぐに訪い返して、ひ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そして折り折りは半日もいずれにか出あるいて帰らぬこともあるのです。私は口に出してこそ申しませんが、腹の中は面白くなくって堪りません。ところがある日のことでございました、『御免なさい』と太い声で尋ねて来た者があります。『いらっしゃい』とお・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・しかし此頃に成って見ると矢張仕事ばかりじゃア、有る時や無い時が有って結極が左程の事もないようだし、それに家にばかりいるとツイ妹や弟の世話が余計焼きたくなって思わず其方に時間を取られるし……ですから矢張半日ずつ、局に出ることに仕ようかとも思っ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・二里も三里もを往って帰れば半日はつぶしてしまうからだ。 金を貰えば、それは行く。五十銭でもいゝ。只よりはましだ。しかし、もっとよけい、二円でも三円でも、取れるだけ取っておきたい。取ってやらなければ損だ。 どうして、彼等が、そういうこ・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・ 獲物は次第に少くなった。半日かかって一頭ずつしか取れないことがあった。そういう時、二人は帰りがけに、山の上へ引っかえして、ヤケクソに持っているだけの弾丸をあてどもなく空に向けて発射してしまったりした。 ある日、二人は、鉄条網をくゞ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 書中のおもむきは、過日絮談の折にお話したごとく某々氏等と瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もうと好晴の日に出掛ける、貴居はすでに都外故その節お尋ねしてご誘引する、ご同行あるならかの物二三枚をお忘れないように、呵々、というまでであった。 ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・「そんなことはない。あのとおり二階はあいているし、次郎ちゃんの部屋はあるし、僕はもうそのつもりにして待っているところだ。」「半日お前の手伝いをさせる、半日画をかかせる――そんなふうにしてやらしてみるか。何も試みだ。」「まあ、最初・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。あなたの旦那の大谷さんが、はじめて私どもの店に来ましたのは、昭和十九年の、春でしたか、とにかくその頃はまだ、対米英戦もそんなに負けいくさでは無く、いや、そ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫