・・・「帝釈様の御符を頂いたせいか、今日は熱も下ったしね、この分で行けば癒りそうだから、――美津の叔父さんとか云う人も、やっぱり十二指腸の潰瘍だったけれど、半月ばかりで癒ったと云うしね、そう難病でもなさそうだからね。――」 慎太郎は今にな・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 半之丞の豪奢を極めたのは精々一月か半月だったでしょう。何しろ背広は着て歩いていても、靴の出来上って来た時にはもうその代も払えなかったそうです。下の話もほんとうかどうか、それはわたしには保証出来ません。しかしわたしの髪を刈りに出かける「・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・私はこんな臆測を代り代り逞くしながら、彼と釣りに行く約束があった事さえ忘れ果てて、かれこれ半月ばかりの間というものは、手紙こそ時には書きましたが、あれほどしばしば訪問した彼の大川端の邸宅にも、足踏さえしなくなってしまいました。ところがその半・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかし最初の半月ほどの間に一番僕と親しくしたのはやはりあのバッグという漁夫だったのです。 ある生暖かい日の暮れです。僕はこの部屋のテエブルを中に漁夫のバッグと向かい合っていました。するとバッグはどう思ったか、急に黙ってしまった上、大きい・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・気がなさそうに長火鉢の前に、寝てばかりいるようになってから、かれこれ半月にもなりましたかしら。……」 ちょうど薬研堀の市の立つ日、お蓮は大きな鏡台の前に、息の絶えた犬を見出した。犬は婆さんが話した通り、青い吐物の流れた中に、冷たい体を横・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「宿は日本人倶楽部に話してある。半月でも一月でも差支えない。」「一月でも? 常談言っちゃいけない。僕は三晩泊めて貰えりゃ好いんだ。」 譚は驚いたと言うよりも急に愛嬌のない顔になった。「たった三晩しか泊らないのか?」「さあ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ それから時々、三日、五日、多い時は半月ぐらい、月に一度、あるいは三月に二度ほどずつ、人間界に居なくなるのが例年で、いつか、そのあわれな母のそうした時も、杢若は町には居なかったのであった。「どこへ行ってござったの。」 町の老人が・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ジャンと来て見ろ、全市瓦は数えるほど、板葺屋根が半月の上も照込んで、焚附同様。――何と私等が高台の町では、時ならぬ水切がしていようという場合ではないか。土の底まで焼抜けるぞ。小児たちが無事に家へ帰るのは十人に一人もむずかしい。 思案に余・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ ――わあ―― と罵るか、笑うか、一つ大声が響いたと思うと、あの長靴なのが、つかつかと進んで、半月形の講壇に上って、ツと身を一方に開くと、一人、真すぐに進んで、正面の黒板へ白墨を手にして、何事をか記すのです、――勿論、武装のままであ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
一 初冬の夜更である。 片山津の温泉宿、半月館弓野屋の二階――だけれど、広い階子段が途中で一段大きく蜿ってS形に昇るので三階ぐらいに高い――取着の扉を開けて、一人旅の、三十ばかりの客が、寝衣で薄ぼん・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
出典:青空文庫