・・・照井が驚いて馬車から半身乗り出すと、自転車に乗った一枝が必死になってあとを追うて来るのである。 ――という夢みたいなとりとめのない物語を作ってみたのである。 織田作之助 「電報」
・・・到底も無益だとグタリとなること二三度あって、さて辛うじて半身起上ったが、や、その痛いこと、覚えず泪ぐんだくらい。 と視ると頭の上は薄暗い空の一角。大きな星一ツに小さいのが三ツ四ツきらきらとして、周囲には何か黒いものが矗々と立っている。こ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・加と公の半身像なんぞ、目をつぶってもできる。これは面黒い。ぜひやってみましょう、だが。」先生、この時、チョイと目を転じて、メートルグラスの番人を見た、これはおかわりの合図。「だが、……コーツト、題はなんといたしましょう、男的閣下。題は、・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・それであるから、自分の目には彼が半身に浴びている春の夕陽までがいかにも静かに、穏やかに見えて、彼の尺八の音の達く限り、そこに悠々たる一寰区が作られているように思われたのである。 自分は彼が吹き出づる一高一低、絶えんとして絶えざる哀調を聴・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・むっくり半身を起して、物ほしげな顔をするのは凍傷の伍長だった。長く風呂に這入らない不潔な体臭がその伍長は特別にひどかった。 栗本は、負傷した同年兵たちを気の毒がる、そういう時期をいつか通りすぎてしまった。反対に、負傷した者を羨んだ。負傷・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・二人は、半身を落盤にかすり取られていた。「まだ息があるじゃないか。早くしろ!」 人を押し分けて這入って来た監督は顫える声でどなった。彼等が担架に乗せるとて血でぬる/\している両脇に手をやると、折れた骨がギク/\鳴った。「まだ生き・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやった・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・兄の描いた妹の半身像だ。「へえ、末ちゃんだね。」 と、私も言って、しばらく次郎と二人してその習作に見入っていた。「あの三ちゃんが見たら、なんと言うだろう。」 その考えが苦しく私の胸へ来た。二人の兄弟の子供が決して互いの画を見・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・テツさんも私の顔を忘れずにいて呉れて、私が声をかけたら、すぐ列車の窓から半身乗り出して嬉しそうに挨拶をかえしたのである。私はテツさんに妻を引き合せてやった。私がわざわざ妻を連れて来たのは妻も亦テツさんと同じように貧しい育ちの女であるから、テ・・・ 太宰治 「列車」
・・・写楽のごとき敏感な線の音楽家が特に半身像を選んだのも偶然でないと思われる。 写楽以外の古い人の絵では、人間の手はたとえば扇や煙管などと同等な、ほんの些細な付加物として取り扱われているように見える場合が多い。師宣や祐信などの絵に往々故意に・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
出典:青空文庫