・・・ そう云いな。何故だましてるんだ? どうして私を嬲もんにしてるんだよ!」 彼女は、震える手でインガからの手紙をドミトリーにつきつけた。「恥しらず! 卑劣漢! こんなこたなかったって云うつもりか。え?」 黙りこくってその手紙を眺め・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・が上から敗北者にあびせかけた笑いであるというよりは、現実社会の腐敗や停滞、偽瞞を裏まで見とおしている社会生活への鋭い洞察者が、その明るくてかげのない実践的な生活態度と遠大な見とおしに立って、周囲の虚偽卑劣を描きつつ、おのずから笑殺することで・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・もう一人は、時に意表に出たり、失敗したりもするかもしれないが、この人物のすることならよしんば失敗であったにしろ、決して卑劣卑小な動機から行動して失敗したりすることはあり得ない人物と思われているとする。かけられている信頼の度は二人のうちどちら・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・日本の武士道とやまとだましいのはりこの面のうらの、醜さ、卑劣さとして、世界的に唾棄されている。軍につながる高級官僚たちが素早く我をかばった保身の術も、同情をもってみられてはいない。 いま新京を遁走するという八月九日の夜、観象台の課長であ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・内心の恐怖を、文化・文学理論への批判という形にすりかえて、卑劣な内部崩壊が企てられていた。小林多喜二は、前年春から、不自由な生活を余儀なくされて暮しながら、文学者として可能な限り当時のこの腐敗的潮流と闘った。その間に「党生活者」その他の、日・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・青年を否定する事が直ちに反映して、彼等自らの青年時代の侮蔑であるのを知らない或人は、周囲の青年の価値を低める事に依って自らを高めようとする卑劣さがございます。所謂女らしさと云う曖昧な軛と、極端な家族制度の弊と、男性の無智と不備な社会制度は、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・愚劣なもの、醜悪卑劣なもの、同時に賢明、純良、壮大であり横溢的で、すべての現象が、現世界の全保有量の過半をしめるアメリカ的社会の上に満開している。その失業やストライキや住宅難もともに。ソヴェト作家シーモノフは、このアメリカの巨大な有機体のな・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・作家としての自己の人間的探究とか、一定の環境において人間・作家として感じる責任という点は抹殺して、主人公の卑劣さ、劣等ささえ、外部の力のせいであるという他力本願の扱いかたです。これは、過去の文学において、個人の確立がされていなかったことのい・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・そうしてその苦悩に同情するよりもその無知と卑劣が腹立たしくなります。――で、私は友人と二人でヒドイ言葉を使って彼を罵りました。私の妻は初めから黙って側で編物をしていました。やがて私はだんだん心の空虚を感じて来て、ふと妻の方に眼をやりました。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・戦国時代のことであるから、陰謀、術策、ためにする宣伝などもさかんに行なわれていたことであろうが、しかし彼は、そういうやり方に弱者の卑劣さを認め、ありのままの態度に強者の高貴性を認めているのである。そうしてまたそれが結局において成功の近道であ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫