・・・我輩の飽くまでも勧告奨励する所にして、女徳の根本、唯一の本領なりと雖も、其柔順とは言語挙動の柔順にして、卑屈盲従の意味に非ず。大節に臨んでは父母の命を拒み夫の所業に争うことある可し。例えば家計云々の為めに娘を苦界に沈めんとし、又は利益の為め・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この金玉の身をもって、この醜行は犯すべからず。この卑屈には沈むべからず。花柳の美、愛すべし、糟糠の老大、厭うに堪えたりといえども、糟糠の妻を堂より下すは、我が金玉の身に不似合なり。長兄愚にして、我れ富貴なりといえども、弟にして兄を凌辱するは・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・しめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、家に男尊女卑の悪習を醸して、子孫に圧制卑屈の根性を成さしむるの一事なり。男子の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 長い歴史の間、過去の日本人が、上から抑えつけられてばかりいた結果、習慣となった卑屈な愛嬌笑いは、男にも女にも、不用です。 私たちは、そういう日本人であることを、自分に拒絶しなければならないと思います。 ところで、躾の根本を・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ここに転向というモメントから、多くの人々の精神が生涯の問題としてむしばまれ、根本から自主性を失って、マルクス主義者でなかったものより善意を歪められ卑屈にさせられて行った本質がある。「冬を越す蕾」は、治安維持法のこのような非道さにふれてい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・児童を型にはめ、卑屈にさせ、抑圧と搾取とを準備する現在の小学教育はドグマの所産であると奮激し「おれはもっと……して……ぞ!」と切歯する。 K市の年中行事として行われる「共同視察」参観者の列席の前で、佐田は児童との初歩的な階級性を帯びた質・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・敵意に充ちているけれども卑屈な表情はちっともないのである。 長いこと黙って甃のところからその犬と向いあって坐っている内に、芝居の景清を思い出した。自分から俺は悪七兵衛景清と名のって、髪を乱して、妻子にわざとむごい言葉を与えて、自らを敵意・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・これ迄の教育は、学校でも社会でも、つつましさ、女らしさというものを、無智や卑屈さと同じもののようにして、少女たちにつぎ込みました。 行儀よく並んだ空壜に、何かの液体を注ぎこみでもするように、教えこまれるあれこれのすべてが、少女たちの若々・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・愛を表現する精神の働きばかりでなく、それと全く等しく愛を表現し、生命の調和をつかさどる肉体の機能も、そのまままざりものなしに卑屈なはずかしがりなどない見かたと、扱いかたがされるべきである、と。 この主張によって、ローレンスは、こんにちの・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・それが卑屈と妥協と中途半端とに慣れた世間の眼に珍しく見えたまでである。 しかし常識的という事が道義的鈍感を意味するならば、先生は常識的ではなかった。先生はいかなる場合にも第一義のものをごまかして通る事ができなかった。たとえ世間が普通の事・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫