・・・「しかし、何だか脱走はいやだなア。卑怯だよ、第一……」「ほな、撲られに帰るいうのやなア」「いや」 と、白崎は急に眼を光らせて、「撲りに帰る」「えっ、誰をや」「蓄音機さ」 白崎は古綿を千切って捨てるように言った・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助は、冬眠中の蛇を掘り出して卑怯の術ではない。めったなことに卑怯はならぬ。まった忍術とは……」「忍術とは……?」 すかさず訊くと、戸沢図書虎先生は雲の上でそわそわとされているら・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ イギリスの貴族の青年は祖国の難のあるとき、ぐずぐずしていると、令嬢たちに卑怯を軽蔑されるので、勇んで戦線におもむくといわれている。おどらぬ男には嫁に行かぬと「酋長の娘」にいわれては土人の若者はおどらずにはおられまい。 ところで今日・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「セバストポール」や「戦争と平和」は勿論、ガルシンの「四日間」「兵卒イワノフの手記」「卑怯者」でも、またアンドレエフの「血笑記」でも、モウパッサンのへんぺんたる短篇の戦争を扱ったものでも、やはり遙かに上にある。彼等は地主的或はブルジョア的イ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真似までして此処を出たいなど考えなくてもよくなったからなア!」 と云った。それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなるワケだ……。」 と云った。 お君は・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・の筆者、卑怯千万の芸術家の、その後の身の上に就いて申し上げる事に致します。女学生は、何やら外国語を一言叫んで、死んでいった。女房も、ほとんど自殺に等しい死にかたをして、この世から去っていった。けれども、三人の中で最も罪の深い、この芸術家だけ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・い癖に、その生活に於いて孤高を装い、卑屈に拗ねて安易に絶望と虚無を口にして、ひたすら魅力ある風格を衒い、ひとを笑わせ自分もでれでれ甘えて恐悦がっているような詩人を、自分は、底知れぬほど軽蔑しています。卑怯であると思う。横着であると思う。作品・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その短い文章は例の通りキビキビとして極めて要を得ているのは勿論であるが、その行文の間に卑怯な迫害者に対する苦々しさが滲透しているようである。彼に対する同情者は遠方から電報をよこしたりした。その中にはマクス・ラインハルトの名も交じっていた。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・二度目の殺人など、洗面場で手を洗ってその手をふくハンケチの中からピストルの弾を乱発させるという卑怯千万な行為であるにかかわらず、観客の頭にはあらかじめ被殺害者に対する憎悪という魔薬が注射されているから、かえって一種の痛快な感じをいだかせ、こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・老と病とは人生に倦みつかれた卑怯者を徐々に死の門に至らしめる平坦なる道であろう。天地自然の理法は頗妙である。コノ稿ハ昭和七年三月三十日正宗白鳥君ノ論文ヲ読ミ燈下匆々筆ヲ走ラセタ。ワガ旧作執筆ノ年代ニハ記憶ノ誤ガアルカモ知レナイ。好事・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
出典:青空文庫