• 意味
  • 例文
  • 慣用句
  • 画像

南朝北朝のどちらを正統とするかについての論争。「神皇正統記」や「大日本史」以来の経緯があるが、明治44年(1911)両朝を対等とした国定教科書の記述が問題化し、執筆者の文部省編修官喜田貞吉が休職処分となり、以後、南朝を正統とする考え方が第二次大戦敗戦時まで支配的となった。

[日本史/鎌倉・室町・安土桃山時代]カテゴリの言葉

[日本史/明治時代以降]カテゴリの言葉