・・・知るということと行うということとに何ら距りをつけないと云った生活態度の強さが私を圧迫したのです。単にそればかりではありません。私は心のなかで暗にその調停者の態度を是認していました。更に云えば「その人の気持もわかる」と思っていたからです。私は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・「イヤ僕も喫驚したいと言うけれど、矢張り単にそう言うだけですよハハハハ」「唯だ言うだけかアハハハハ」「唯だ言うだけのことか、ヒヒヒヒ」「そうか! 唯だお願い申してみる位なんですねハッハッハッハッ」「矢張り道楽でさアハッハ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・それ故に倫理学の研究は単に必要であるというだけでなく、真摯な人間である以上、境遇が許す限りは研究せずにはいられないはずの学問なのである。 五 根本問題の所在 この小さな紙幅に倫理学の根本問題を羅列することは不可能であ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ しかし、これらの作家によって、現在までに生産された文学は、単に量のみを問題としても、我国人口の大部分を占める巨大な農民層に比して、決して多すぎるどころではない。少ない。もちろん一見灰色で単純に見えて、その実、複雑で多様な、なか/\腹の・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・峯は当時の名士であった楊文襄、文太史、祝京兆、唐解元、李西涯等と朋友で、七峯のいたところの南山で、正徳十五年七峯が蘭亭の古のように修禊の会をした時は、唐六如が図をつくり、兼ねて長歌を題した位で、孫氏は単に大富豪だったばっかりでなかったのであ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。 いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖すべきではなくて、多くは、その個々が有している迷信・貪欲・痴愚・妄執・愛着の念をはらいがたい境・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ いうまでもなくこの大災害は、精神的にも物質的にも、全日本そのものの心臓をつきさされたにひとしい大被害です。単に物質だけの百一億円の損害でも、日露戦争の費用の五倍以上にあたり、全国富の十分の一を失ったわけです。われわれはおたがいに協同努・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ ああ、ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら! この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り嘲笑するようになってくれたら! 夫婦は親戚にも友人にも誰にも告げず、ひそかに心でそれを念じながら、表面は何も気にしていな・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・如きはもと文壇の人にあらねば操觚を学びし人とも覚えずしかるを尚よく斯の如く一吐一言文をなして彼の爲永の翁を走らせ彼の式亭の叟をあざむく此の好稗史をものすることいと訝しきに似たりと雖もまた退いて考うれば単に叟の述る所の深く人情の髄を穿ちてよく・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・しかし彼の旅行は単に月並な名所や景色だけを追うて、汽車の中では居眠りする亜類のではなくて、何の目的もなく野に山に海浜に彷徨するのが好きだという事である。しかし彼がその夢見るような眼をして、そういう処をさまよい歩いている間に、どんな活動が彼の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫