・・・そう云う人、即ち教育があって、信仰のない人に、単に神を尊敬しろ、福音を尊敬しろと云っても、それは出来ない。そこで信仰しないと同時に、宗教の必要をも認めなくなる。そう云う人は危険思想家である。中には実際は危険思想家になっていながら、信仰のない・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・男をば単に男と記す。その人いわゆる男盛りと云う年になりたれば。貴夫人。なんだかもう百年くらいお目に懸からないようでございますね。男。ええ。そんなに御疎遠になったのを残念に思うことは、わたくしの方が一番ひどいのです。貴夫人。でも只・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ しかし、勤皇と左翼のことは別にしても、人の頭をつらぬく排中律の含んだこの確率だけは、ただ単に栖方一人にとっての問題でもない。実は、地上で争うものの、誰の頭上にも降りかかって来ている精神に関した問題であった。これから頭を反らし、そ知らぬ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 先生の講義が右のごとく我々を動かしたのは、先生が単に美術品についての事実的知識を伝えるにとどまらずして、さらにそれらの美術品を見る視点を我々に与え、美術品の味わい方を我々に伝えたがためであったと思う。この点において先生は実に非凡な才能・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫