ドゥニパー湾の水は、照り続く八月の熱で煮え立って、総ての濁った複色の彩は影を潜め、モネーの画に見る様な、強烈な単色ばかりが、海と空と船と人とを、めまぐるしい迄にあざやかに染めて、其の総てを真夏の光が、押し包む様に射して居る・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ 無声映画の時代にフィルムを単色に染めることによってあるいは月夜、あるいは火事場の気分を出したことがあった。その後有色写真のいろいろな方法が案出されて、「テクニカラー」式有色映画の示す程度までは進歩したが、その色彩はまだきわめて単調でな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・物理学の方面だけで見ると一体にドイツ学派の仕事は単色で英国派の仕事には色彩の陽炎とでもいったものを伴ったものが多いような気がするが、それは唯そんな気がするだけで具体的の説明は六かしい。 三 人間の個性の差別が・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・あるいは顕微鏡のデッキグラスの厚さを測微計で測らせ、また後に光学の部で再びこれを試験用平面に重ね、単色光で照らして干渉の縞を示すも有益であろう。 液体静力学の実験例えば浮秤で水や固体の比重を測る時でも、毛管現象が如何に多大の影響を有する・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・洋画にとっては、ムラなく単色に塗られた広い画面のごときは、美しいものの相反である。むしろ微妙な数限りのないムラがあればこそ、実在性の豊かな美しさが現われて来るのである。しかし日本絵の具で絹の上に、あるいは金箔の上に、洋画の静物の背景のような・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・世界が何かの単色に塗られるだろうなどと考えるのは、正気の沙汰ではない。 近代文化の総勘定。それが現に行なわれつつあるのである。そうしてこの二、三年の間にその大体の計算ができあがるのである。近代文化が多種多様な内容を持っていただけに、その・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫