・・・今も、黄いろい秩父の対の着物に茶博多の帯で、末座にすわって聞いているのを見ると、どうしても、一生を放蕩と遊芸とに費した人とは思われない。中洲の大将や小川の旦那が、「房さん、板新道の――何とか云った…そうそう八重次お菊。久しぶりであの話でも伺・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 笛吹は、こまかい薩摩の紺絣の単衣に、かりものの扱帯をしめていたのが、博多を取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社に。――一座退って、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。 栗鼠が仰向けにひっくりかえ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・独鈷入の博多の帯に銀鎖を捲いて、きちんと構えた前垂掛。膝で豆算盤五寸ぐらいなのを、ぱちぱちと鳴らしながら、結立ての大円髷、水の垂りそうな、赤い手絡の、容色もまんざらでない女房を引附けているのがある。 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・紋羽二重や、鼠縮緬の衣物――繻珍の丸帯に、博多と繻子との昼夜帯、――黒縮緬の羽織に、宝石入りの帯止め――長浜へ行った時買ったまま、しごきになっている白縮緬や、裏つき水色縮緬の裾よけ、などがある。妻の他所行き姿が目の前に浮ぶ。そして昔の懐かし・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印譜散らしの渋い緞子の裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖を絡ませて、胡座を掻いた虚脛の溢み出るのを気にしては、着物の裾でくるみくる・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 女は博多から来たのだと言った。その京都言葉に変な訛りがあった。身嗜みが奇麗で、喬は女にそう言った。そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出てそうそうだのに、先月はお花を何千本売って、この廓で四番目なのだと言った。またそれは一番か・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・締め上げると、きゅっと鳴る博多の帯です。唐桟の単衣を一まい呉服屋さんにたのんで、こしらえてもらいました。鳶の者だか、ばくち打ちだか、お店ものだか、わけのわからぬ服装になってしまいました。統一が無いのです。とにかく、芝居に出て来る人物の印象を・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・他の女給仕人のように白粉もさして濃くはせず、髪も縮らさず、箆のような櫛もささず、見馴れた在来のハイカラに結い、鼠地の絣のお召に横縦に縞のある博多の夏帯を締めていた。顔立は面長の色白く、髪の生際襟足ともに鮮に、鼻筋は見事に通って、切れ長の眼尻・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 吉里は髪を櫛巻きにし、お熊の半天を被ッて、赤味走ッたがす糸織に繻子の半襟を掛けた綿入れに、緋の唐縮緬の新らしからぬ長襦袢を重ね、山の入ッた紺博多の男帯を巻いていた。ちょいと見たところは、もう五六歳も老けていたら、花魁の古手の新造落ちと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・世なれた恥しげのうせた様子で銀杏返しにゆるく結って瀧縞御召に衿をかけたのを着て白博多をしめた様子は、その年に見る人はなく、その小さな国の女王としても又幾十人の子分をあごで動かす男達の姐御としても似合わしいものだった。 壁の地獄の絵の中の・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
出典:青空文庫