・・・は「冠弥左衛門」で、この次に探偵小説の「活人形」というのがあり、「聾の一心」というのがある。「聾の一心」は博文館の「春夏秋冬」という四季に一冊の冬に出た。そうしてその次に「鐘声夜半録」となり、「義血侠血」となり、「予備兵」となり、「夜行巡査・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 博文館は此の二十五年間を経過した。当時本郷の富坂の上に住っていた一青年たる小生は、壱岐殿坂を九分通り登った左側の「いろは」という小さな汁粉屋の横町を曲ったダラダラ坂を登り切った左側の小さな無商売屋造りの格子戸に博文館の看板が掛っていた・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・伊藤博文だって、ただの才子じゃないのですよ。いくたびも剣の下をくぐって来ている。智慧のかたまりのように言われている勝海舟だって同じ事です。武術に練達していなければ、絶対に胆がすわらない。万巻の書を読んだだけでは駄目だ。坊主だってそうです。偉・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・それでは、上は、ナポレオン、ミケランジェロ、下は、伊藤博文、尾崎紅葉にいたるまで、そのすべての仕事は、みんな物狂いの状態から発したものなのか。然り。間違いなし。健康とは、満足せる豚。眠たげなポチ。K君 おそるおそる、たいへん・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・小学校にいたころは、昔博文館から出ていた「日本少年」を始め、名は忘れたが、その他そんなふうな雑誌や、書物をよく読んだものだ。親もまた言うがままに買い与えたものである。 中学に行くようになってからは、小冊の地文学、地理書のようなものを数多・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・ 二月になって、もとのように神田の或中学校へ通ったが、一週間たたぬ中またわるくなって、今度は三月の末まで起きられなかった。博文館が帝国文庫という総称の下に江戸時代の稗史小説の復刻をなし始めたのはその頃からであろう。わたくしは病床で『真書・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・すると編中には二十年前始て博文館から刊行した「あめりか物語」と題するものが収載せられていたので、之がため僕は九月二十九日の朝、突然博文館から配達証明郵便を以て、改造社全集本の配布禁止の履行と併せて、版権侵害に対する賠償金の支払を要求せられる・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・大衆小説のどっさりのる雑誌は講談社のキングその他新聞社、博文館などの娯楽雑誌で、そういう雑誌では同じ経済記事にしろ勤労大衆がそれで生活している労働賃銀とはどういう仕組みのものであるか、働く時間とその賃銀の関係はどうなっているか、というような・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・そして、岩波の『文学』、『教育』、『哲学』が、博文館の将棋の友とかいう娯楽の雑誌と同じ類別にくまれて投票されていたとおぼえる。「研究」という内容は様々で、中学生の英語の研究と、斎藤茂吉氏の柿本人麿の研究とはおのずから異っているのが現実で・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・新聞紙の伝うる所に依れば、先ず博文館の太陽が中天に君臨して、樗牛が海内文学の柄を把って居る。文士の恒の言に、樗牛は我に問題を与うるものだと云って、嘖々乎として称して已まないらしい。樗牛また矜高自ら持して、我が説く所は美学上の創見なりなどと曰・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫