・・・「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」 亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」 婆さんは嘲るように、じろりと相手の顔を見ました。「こ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「あんな所に占い者なんぞがあったかしら。――御病人は南枕にせらるべく候か。」「お母さんはどっち枕だえ?」 叔母は半ばたしなめるように、老眼鏡の眼を洋一へ挙げた。「東枕でしょう。この方角が南だから。」 多少心もちの明くなっ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「私の占いは擲銭卜と云います。擲銭卜は昔漢の京房が、始めて筮に代えて行ったとある。御承知でもあろうが、筮と云う物は、一爻に三変の次第があり、一卦に十八変の法があるから、容易に吉凶を判じ難い。そこはこの擲銭卜の長所でな、……」 そう云・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それはどういう魔術師と星占いの秘密を論じ合う時でも感じたことのない喜びだった。彼は二度でも三度でも、――或は一生の間でもあの威厳のあるシバの女王と話していたいのに違いなかった。 けれどもソロモンは同時に又シバの女王を恐れていた。それはか・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・ Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。「この暑いのに……」 Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持にな・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・お悦は真赤な頬をふくらし乳母も共々、私に向って、狐つき、狐の祟り、狐の人を化す事、伝通院裏の沢蔵稲荷の霊験なぞ、こまごまと話して聞かせるので、私は其頃よく人の云うこっくり様の占いなぞ思合せて、半ばは田崎の勇に組して、一緒に狐退治に行きたいよ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「なに坊主が小遣取りに占いをやるんだがね。その坊主がまた余計な事ばかり言うもんだから始末に行かないのさ。現に僕が家を持つ時なども鬼門だとか八方塞りだとか云って大に弱らしたもんだ」「だって家を持ってからその婆さんを雇ったんだろう」・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・お化けはないもの、迷信はばかげたもの、と占いやまじないの話に子供の興味がひきつけられないようにしている母だのに、この白い鳩が座敷へ迷いこんで来て、偶然、神棚へとまって二三度羽ばたきし出て行ったということを、一つのいい前兆としてうけとった。道・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・積んである座布団に背を靠せて坐り、魔法の占いでもするように、私は例の百銭をとり出す。それを一つずつ、薄すり塵の沈んだ畳の上に並べたり、ぐるりと畳の敷き合わせに沿うて立たせて見たり転したりするのだが、手に握っているうちに銅貨が暖まって来る工合・・・ 宮本百合子 「百銭」
出典:青空文庫