・・・「やはり十字架の御威光の前には、穢らわしい日本の霊の力も、勝利を占める事はむずかしいと見える。しかし昨夜見た幻は?――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ上人にも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・と、奴は顱巻の輪を大きく腕いっぱいに占める真似して、「いきなり艫へ飛んで出ると、船が波の上へ橋にかかって、雨で辷るというもんだ。 どッこいな、と腰を極めたが、ずッしりと手答えして、槻の大木根こそぎにしたほどな大い艪の奴、のッしりと掻・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ まだ船底を踏占めるような、重い足取りで、田畝添いの脛を左右へ、草摺れに、だぶだぶと大魚を揺って、「しいッ、」「やあ、」 しっ、しっ、しっ。 この血だらけの魚の現世の状に似ず、梅雨の日暮の森に掛って、青瑪瑙を畳んで高い、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・もし高きに登りて一目にこの大観を占めることができるならこの上もないこと、よしそれができがたいにせよ、平原の景の単調なるだけに、人をしてその一部を見て全部の広い、ほとんど限りない光景を想像さするものである。その想像に動かされつつ夕照に向かって・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ しかし、これらの作家によって、現在までに生産された文学は、単に量のみを問題としても、我国人口の大部分を占める巨大な農民層に比して、決して多すぎるどころではない。少ない。もちろん一見灰色で単純に見えて、その実、複雑で多様な、なか/\腹の・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・馬琴の小説中の端役の人間は、実に馬琴の同時代もしくは前後の、他の作者の作中には重要の位置を占める人物となって現われて居るのを見出すに難くありません。も一歩進めていって見れば、京伝や三馬や一九や春水は、常に馬琴が端役として冷遇した人物、即ちわ・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・誰だか言った、電車で女を見るのは正面ではあまりまばゆくっていけない、そうかと言って、あまり離れてもきわだって人に怪しまれる恐れがある、七分くらいに斜に対して座を占めるのが一番便利だと。男は少女にあくがれるのが病であるほどであるから、むろん、・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・作も曲線的弾性的であるのに対してマックの方は直線的機械的なように見え、また攻勢防勢の駈引も前者の方がより多く複雑なように見えたので、自分は前に見たベーアとカルネラとの試合と比較して、ロスが最後の勝利を占めるのではないかと想像していた。ところ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・三次元の実体は二つ同時に同一空間を占める事はできないが、平面は何枚重ねても平面であるから、映画の写像はいくつでも重ね写しができる。オーヴァーラップの技巧はこの点を利用したものに過ぎない。しかも、これによって、生きている人をそのままに透明な幽・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、またその意義というような事が次の問題になって来るのである。 記録としての文学と科学 史実というものは文学を離れては存在することが困難なよう・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫