・・・丁ど十年目に、一昨年の卯月の末にはじめて咲いた。それも塀を高く越した日当のいい一枝だけ真白に咲くと、その朝から雀がバッタリ。意気地なし。また丁どその卯の花の枝の下に御飯が乗っている。前年の月見草で心得て、この時は澄ましていた。やがて一羽ずつ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」等枚挙すれば限りはない。 すべての雑音はその発音体を暗示すると同時にまたその音の広がる空間を暗示する。不幸にして現在の録音機と発声マイクロフォンとはその機巧のいまだ不完全なために、あらゆる雑音の忠実な再現に成・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・たとえば「鉄砲の遠音に曇る卯月かな」というのがある。同じ鉄砲でもアメリカトーキーのピストルの音とは少しわけがちがう。「里見えそめて午の貝吹く」というのがある。ジャズのラッパとは別の味がある。「灰汁桶のしずくやみけりきりぎりす」などはイディル・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・花を蹈みし草履も見えて朝寐かな妹が垣根三味線草の花咲きぬ卯月八日死んで生るゝ子は仏閑古鳥かいさゝか白き鳥飛びぬ虫のためにそこなはれ落つ柿の花恋さま/″\願の糸も白きより月天心貧しき町を通りけり羽蟻飛ぶや富・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫