・・・吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花にな・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・勿論日が暮れてから、厩橋向うの本宅を抜けて来る事も稀ではなかった。牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。 この頃丸髷に結ったお蓮は、ほとんど宵毎に長火鉢を隔てながら、牧野の酒の相手をした。二人の間の茶ぶ台には、大抵からすみ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ で、そこまで行くと、途中は厩橋、蔵前でも、駒形でも下りないで、きっと雷門まで、一緒に行くように信じられた。 何だろう、髪のかかりが芸者でない。が、爪はずれが堅気と見えぬ。――何だろう。 とそんな事。……中に人の数を夾んだばかり・・・ 泉鏡花 「妖術」
夜の隅田川の事を話せと云ったって、別に珍らしいことはない、唯闇黒というばかりだ。しかし千住から吾妻橋、厩橋、両国から大橋、永代と下って行くと仮定すると、随分夜中に川へ出て漁猟をして居る人が沢山ある。尤も冬などは沢山は出て居・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ 陶器店の屋根の上に棚を造って大きな陶器をあげてある。その最も端に便器が落ちそうに立てかけてあるのが気になる。 厩橋まで来た。橋の袂に水菓子屋があって林檎を横に長く並べてあった。 橋の上に来て左右を見わたすと、幅の広い水がだぶり・・・ 正岡子規 「車上の春光」
出典:青空文庫