・・・彼が死んだ兄に似ていると思った眼で、厳にじっと見たのである。「行けと云うなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ。」――クリストの眼を見ると共に、彼はこう云う語が、熱風よりもはげしく、刹那に彼の心へ焼けつくよう・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・多門には寛に失した代りに、数馬には厳に過ぎたのでございまする。」 三右衛門はまた言葉を切った。が、治修は黙然と耳を傾けているばかりだった。「二人は正眼に構えたまま、どちらからも最初にしかけずに居りました。その内に多門は隙を見たのか、・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・われ、その時、宗門の戒法を説き、かつ厳に警めけるは、「その声こそ、一定悪魔の所為とは覚えたれ。総じてこの「じゃぼ」には、七つの恐しき罪に人間を誘う力あり、一に驕慢、二に憤怒、三に嫉妬、四に貪望、五に色欲、六に餮饕、七に懈怠、一つとして堕獄の・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ と厳に袖に笏を立てて、「恐多いが、思召じゃとそう思え。誰が、着るよ、この白痴、蜘蛛の巣を。」「綺麗なのう、若い婦人じゃい。」「何。」「綺麗な若い婦人は、お姫様じゃろがい、そのお姫様が着さっしゃるよ。」「天井か、縁の・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・殺しをして、唇の色まで変って震えているものを、そんな事ぐらいで留めはしない……冬の日の暗い納戸で、糸車をじい……じい……村も浮世も寒さに喘息を病んだように響かせながら、猟夫に真裸になれ、と歯茎を緊めて厳に言った。経帷子にでも着換えるのか、そ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ この写真が、いま言った百人一首の歌留多のように見えるまで、御堂は、金碧蒼然としつつ、漆と朱の光を沈めて、月影に青い錦を見るばかり、厳に端しく、清らかである。 御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さい。君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。それでは、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さい。君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。それでは、・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・じめ、相ついで私の一身上に起る数々の突飛の現象をも思い合せ、しかも、いま、この眼で奇怪の魔性のものを、たしかに見とどけてしまったからには、もはや、逡巡のときでは無い、さては此の家に何か異変の起るぞと、厳に家人をいましめ、家の戸じまり火の用心・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・一、官には黜陟・与奪の権あるゆえ、学校の法を厳にし、賞罰を明らかにすべし。その得、二なり。一、官の学校は自から仕官の途に近し。ゆえに青雲の志ある者は、ことに勉強することあり。その得、三なり。一、官の学校には、教師の外に俗吏の員、・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
出典:青空文庫