・・・必ず一度は厳格に「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。厳格に――けれどもつうやは母のように年をとっていた訣でもなんでもない。やっと十五か十六になった、小さい泣黒子のある小娘である。もとより彼女のこう云ったのは少しでも保吉の教育に力を添えた・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・それが彼の顔を見ると、突然厳格に挙手の礼をした。するが早いか一躍りに保吉の頭を躍り越えた。彼は誰もいない空間へちょいと会釈を返しながら、悠々と階段を降り続けた。 庭には槙や榧の間に、木蘭が花を開いている。木蘭はなぜか日の当る南へ折角の花・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座敷にとおって、洋服のままきちんと囲炉裡の横座にすわった。そして眼鏡をはずす間もなく、両手を顔にあてて、下・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 父からは厳格ないましめを書いてよこした。すぐさま帰って来いと言うので、僕の最後の手紙はそれと行き違いになったと見え、今度は妻が、父と相談の上、本人で出て来た。 僕が、あたまが重いので、散歩でもしようと玄関を出ると、向うから、車の上・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ お店の主人は、たいそう厳格な人でした。「ゆるしなく、かってに出歩いたり、また泊まってきたようなものは、さっそく店を出ていってもらう。」という規則がありました。 真吉は、ここにきてからは、よく主人のいいつけを守って働きました。ま・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・ 鴎外は子供の前で寝そべった姿を見せたことがないというくらい厳格な人だったらしいから、書見をされる時も恐らく端坐しておられたことであろうと思われるが、僕は行儀のわるいことに、夜はもちろん昼でも寝そべらないと本が読めない。従って赤鉛筆で棒・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・人間としての本質の要所要所で厳格でありたい。 母としての女性の使命はこのほかにまた、「時代を産む母」としてのそれがあることを忘れてはならぬ。女性の天賦の霊性と直観力とで、歴史と社会との文化史的向上の方向を洞察して、時代をその方向に導くよ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・こうした考え方は人生の広き経験なき者にはむしろ淋しいことであるが、あのチェホフのような博大な人生観やまたヴィルドラックのような現実の理解ある暖かき社会観もあるのであって、必ずしもすべての人に厳格な突きつめた身の処分を要すべきものではない。ま・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・種善院様も非常に厳格な方で、而も非常に潔癖な方で、一生膝も崩さなかったというような行儀正しい方であったそうですが、観行院様もまた其通りの方であったので、家の様子が変って人少なになって居るに関わらず、種善院様の時代のように万事を遣って往こうと・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・主人が跣足になって働いているというのだから細君が奥様然と済してはおられぬはずで、こういう家の主人というものは、俗にいう罰も利生もある人であるによって、人の妻たるだけの任務は厳格に果すように馴らされているのらしい。 下女は下女で碓のような・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫