・・・瓔珞の珠の中にひとえに白き御胸を、来よとや幽に打寛ろげたまえる、気高く、優しく、かしこくも妙に美しき御姿、いつも、まのあたりに見参らす。 今思出でつと言うにはあらねど、世にも慕わしくなつかしきままに、余所にては同じ御堂のまたあらんとも覚・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・唯見て、嬉しそうに膝に据えて、熟と視ながら、黄金の冠は紫紐、玉の簪の朱の紐を結い参らす時の、あの、若い母のその時の、面影が忘れられない。 そんなら孝行をすれば可いのに―― 鼠の番でもする事か。唯台所で音のする、煎豆の香に小鼻を怒らせ・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 両手にうけて捧げ参らす――罰当り……頬を、唇を、と思ったのが、面を合すと、仏師の若き妻の面でない――幼い時を、そのままに、夢にも忘れまじき、なき母の面影であった。 樹島は、ハッと、真綿に据えたまま、蒼白くなって飛退った。そして、両・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・半ばおろしたる蔀の上より覗けば四、五人の男女炉を囲みて余念なく玉蜀黍の実をもぎいしが夫婦と思しき二人互にささやきあいたる後こなたに向いて旅の人はいり給え一夜のお宿はかし申すべけれども参らすべきものとてはなしという。そは覚期の前なり。喰い残り・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫