・・・二人は両方に立ち別れて、棗の葉が黄ばんでいる寺の塀外を徘徊しながら、勇んで兵衛の参詣を待った。 しかしかれこれ午近くなっても、未に兵衛は見えなかった。喜三郎はいら立って、さりげなく彼の参詣の有無を寺の門番に尋ねて見た。が、門番の答にも、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。」「左様でございます。」 陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・それからずっと堂の奥に常燈明の油火が一つ、龕の中に佇んだ聖者の像を照らしている。参詣人はもう一人もいない。 そう云う薄暗い堂内に紅毛人の神父が一人、祈祷の頭を垂れている。年は四十五六であろう。額の狭い、顴骨の突き出た、頬鬚の深い男である・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・そして咽せるほどな参詣人の人いきれの中でまた孤独に還った。「ホザナ……ホザナ……」 内陣から合唱が聞こえ始めた。会衆の動揺は一時に鎮って座席を持たない平民たちは敷石の上に跪いた。開け放した窓からは、柔かい春の光と空気とが流れこんで、・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 父が存生の頃は、毎年、正月の元日には雪の中を草鞋穿でそこに詣ずるのに供をした。参詣が果てると雑煮を祝って、すぐにお正月が来るのであったが、これはいつまでも大晦日で、餅どころか、袂に、煎餅も、榧の実もない。 一寺に北辰妙見宮のましま・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「ヒ、ヒ、ヒ、空ざまに、波の上の女郎花、桔梗の帯を見ますと、や、背負守の扉を透いて、道中、道すがら参詣した、中山の法華経寺か、かねて御守護の雑司ヶ谷か、真紅な柘榴が輝いて燃えて、鬼子母神の御影が見えたでしゅで、蛸遁げで、岩を吸い、吸い、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・者であったのを、心得ある看護婦でありながら、記念にと謂って強いて貰い受けて来て葛籠の底深く秘め置いたが、菊枝がかねて橘之助贔屓で、番附に記した名ばかり見ても顔色を変える騒を知ってたので、昨夜、不動様の参詣の帰りがけ、年紀下ながら仲よしの、姉・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 旅行の暮の僧にて候 雪やこんこん、あられやこんこんと小褄にためて里の小娘は嵐の吹く松の下に集って脇明から入って来る風のさむいのもかまわず日のあんまり早く暮れてしまうのをおしんで居ると熊野を参詣した僧が山々の□(所を越えてようやく・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・その頃は神仏参詣が唯一の遊山であって、流行の神仏は参詣人が群集したもんだ。今と違って遊山半分でもマジメな信心気も相応にあったから、必ず先ず御手洗で手を清めてから参詣するのが作法であった。随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、ろうそくを買って山に登り、お宮に参詣して、ろうそくに火をつけてささげ、その燃えて短くなるのを待って、またそれをいただいて帰りました。だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、ろうそくの火の絶えたことはありません。殊に、夜は美しく・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫