・・・ この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後にKひとりが残された彼の友人であった。で「小田は十銭持つと、渋谷へばかし行・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 喬のところへやって来たある友人はそんなことを言った。またある一人は「君はどこに住んでも直ぐその部屋を陰鬱にしてしまうんだな」と言った。 いつも紅茶の滓が溜っているピクニック用の湯沸器。帙と離ればなれに転っている本の類。紙切れ。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・尤も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原信太郎のことサ……」「ウン梶原君が!? あれが矢張馬鈴薯だったのか、今じゃア豚のように肥って・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・僕の友人は、労働歌を歌っていて、ただ、それだけで一年間尾行につき纒われた。 ちょっと、郷里の家へ帰っているともう、スパイが、嗅ぎつけて、家のそばに張りこんでいる。出て歩けば尾行がついて来る。それが結婚のことで帰っていてもそうなのである。・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ 大噐晩成先生はこれだけの談を親しい友人に告げた。病気はすべて治った。が、再び学窓にその人は見われなかった。山間水涯に姓名を埋めて、平凡人となり了するつもりに料簡をつけたのであろう。或人は某地にその人が日に焦けきったただの農夫と・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ その晩、高瀬は隣の屋敷の方へ行って、一時借りている部屋で、東京の友人に宛てた手紙を書いた。一間ほど隔てて寄宿する生徒等の何かゴトゴト言わせる音がする。まだ他に部屋を仕切って借りている人達もあると見え、一方の破れた襖の方からは貧しい話し・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ また或とき、ディオニシアスは、友人のドモクレスという人が、たった一日でもいいから、ディオニシアスのような身分になって見たいと言って羨んだということを聞き出しました。それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者が・・・ 太宰治 「朝」
・・・それにあのころの友人は皆世に出ている。この間も蓋平で第六師団の大尉になっていばっている奴に邂逅した。 軍隊生活の束縛ほど残酷なものはないと突然思った。と、今日は不思議にも平生の様に反抗とか犠牲とかいう念は起こらずに、恐怖の念が盛んに燃え・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 岩塊の頂で偶然友人N君の一行に逢った。その案内で程近い洞穴の底に雪のある冷泉を紹介された。小さな洞穴の口では真冬の空気と真夏の空気が戦って霧を醸していた。N君からはまた浅間葡萄という高山植物にも紹介された。われわれの「葡萄」に比べると・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫