・・・君看双眼色不語似無愁 3 一等戦闘艦×× 一等戦闘艦××は横須賀軍港のドックにはいることになった。修繕工事は容易に捗どらなかった。二万噸の××は高い両舷の内外に無数の職工をたからせたまま、何度もいつに・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・』十、君不看双眼色、不語似無愁――いい句だ。では元気で、僕のことを宣伝して呉れと筆をとること右の如し。林彪太郎。太宰治様机下。」「メクラソウシニテヲアワセル。」「めくら草紙を読みました。あの雑誌のうち、あの八頁だけを読みました。あな・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 実際の空間におけるわれわれの視像の立体感はどこから来るかというに、目から一メートル程度の近距離ではいわゆる双眼視によるステレオ効果が有効であるが、もっと遠くなるとこの効果は薄くなり、レンズの焦点を合わせる調節のほうが有効になって来る。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・これも単に双眼的効果によるものでなく、実際に立体的の映像を作ることも必ずしも不可能とは思われない。しかしそれができたとしたところでどれだけの手がらになるかは疑わしい。映画の進歩はやはり無色平面な有声映画の純化の方向にのみ存するのではないかと・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 今年は研究所で買ったばかりの双眼顕微鏡を提げて来て少しばかり植物や昆虫の世界へ這入り込んで見物することにした。着くとすぐ手近なベランダの檜葉を摘んで二十倍で覗いてみた。まるで翡翠か青玉で彫刻した連珠形の玉鉾とでも云ったような実に美しい・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ 降灰をそっとピンセットの先でしゃくい上げて二十倍の双眼顕微鏡でのぞいて見ると、その一粒一粒の心核には多稜形の岩片があって、その表面には微細な灰粒がたとえて言えば杉の葉のように、あるいはまた霧氷のような形に付着している。それがちょっとつ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・古めかしい油絵の額や、カメオや七宝の装飾品などが目についた。双眼鏡の四十シリングというのをT氏が十シリングにつけたら負けてよこした。……五時出帆。少し波が出て船が揺れた。 九 ゲノアからミラノ五月三日 朝モン・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・あたかも肉眼で遠景を見ると漠然としているが、一たび双眼鏡をかけると大きな尨大なものが奇麗に縮まって眸裡に印するようなものであります。そうしてこの双眼鏡の度を合わしてくれるのがすなわち沙翁なのであります。これが沙翁の句を読んで詩的だと感ずる所・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・次にそれがだんだん明るくなってちょうど双眼鏡の度を合せるように判然と眼に映じて来る。次にその景色がだんだん大きくなって遠方から近づいて来る。気がついて見ると真中に若い女が坐っている、右の端には男が立っているようだ。両方共どこかで見たようだな・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・唇はほほえみ、つぶった双眼の縁は、溶きもしない鮮やかな草色に近い青緑色で、くっきりの西洋絵具を塗ったように隈どられて居る。 見まい、見まいとしても顔の見える恐ろしさに、私は激しい叫び声を立てて一散に逃げようとした。狭いところを抜けようと・・・ 宮本百合子 「或日」
出典:青空文庫