・・・科学者の研究が未来に反射するというのはこのためである。しかし人間精神上の生活において、吾人がもし一イズムに支配されんとするとき、吾人は直に与えられたる輪廓のために生存するの苦痛を感ずるものである。単に与えられたる輪廓の方便として生存するのは・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・父母の懸念が道徳上の着色を帯びて、好悪の意味で、娘の夫に反射するようになったのはこの時からである。彼らは気の毒な長女を見るにつけて、これから嫁にやる次女の夫として、姉のそれと同型の道楽ものを想像するにたえなくなった。それで金はなくてもかまわ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。 爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青金剛石と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ 論者つねにいわずや、一国の政府は人民の反射なりと。この言、まことに是なり。瓜の蔓に茄子は実のるべからず。政府は人民の蔓に生じたる実なり。英の人民にして英の政府あり、仏の人民にして仏の政府あり。然らばすなわち今の日本人民にして今の政府あ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・心理学上の識覚について云って見ても、識覚に上らぬ働きが幾らあるか知れぬ。反射的動作なぞは其卑近の一例で、斯んな心持ちがする……云々と云う事も亦其働きだ。だから識覚の上にのぼって来る思想だけじゃ、到底人間全体の型は付けられない。じゃ、何うすり・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの鶯いろの原のはてから熔けたようなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉の中の朱、一きれの光るものが現われました。 天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌しました。 それは太・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがか・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 当時、日本の文学は、白樺派の人道主義文学の動きがあり、他方に、自然主義が衰退したあとの反射としておこった新ロマンティシズムの文学があった。谷崎潤一郎の「刺青」などを先頭として。同時に『新思潮』という文学雑誌を中心に芥川龍之介が「鼻」「・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・東京にいた時、光線の反射を利用して、卓の上に載せた首が物を言うように思わせる見世物を見たことがあった。あれは見世物師が余り prtentieux であったので、こっちの反感を起して面白くなかった。あれよりは此方が余程面白い。石田はこんなこと・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・まだ明るく海の反射をあげている夕空に、日ぐらしの声が絶えず響き透っていた。「これは僕の兄でして。今日、出て来てくれたのです。」 栖方は後方から小声で梶に紹介した。東北なまりで、礼をのべる小柄な栖方の兄の頭の上の竹筒から、葛の花が垂れ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫