・・・あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 梯子の下に立った洋一は、神山と一しょに電話帳を見ながら、彼や叔母とは没交渉な、平日と変らない店の空気に、軽い反感のようなものを感じない訳には行かなかった。 三 午過ぎになってから、洋一が何気なく茶の間へ来・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そこに行くとあまり融通のきかない監督では物足らない風で、彼を対手に話を拡げて行こうとしたが、彼は父に対する胸いっぱいの反感で見向きもしたくなかった。それでも父は気に障えなかった。そしてしかたなしに監督に向きなおって、その父に当たる人の在世当・・・ 有島武郎 「親子」
・・・道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで這入って来てレオに代って講壇に登った。クララはなお顔を得上げなかった。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そうしてその人たちの態度には、ちょうど私自身が口語詩の試みに対して持った心持に類似点があるのを発見した時、卒然として私は自分自身の卑怯に烈しい反感を感じた。この反感の反感から、私は、まだ未成品であったためにいろいろの批議を免れなかった口語詩・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだ誰も詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけれども、すぐにも出掛けたい気が起った。黒塚の婆の納戸で、止むを得ない。「――時に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・何しろ、話だけでも東京が好きで、珍らしく土地自慢をしない娘も、対手が地方だけに、ちょっと反感を持ったらしい。 いかにも、湖は晃々と見える。が、水が蒼穹に高い処に光っている。近い山も、町の中央の城と向合った正面とは違い、場末のこの辺は、麓・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待遇われ、合力無心を乞う苦学生の如くに撃退されるので、昨の感激が消滅して幻滅を感じ、敵意を持たないまでも不満を抱き反感を持つようになる。沼南ばかりじゃない・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ が、風説は雲を攫むように漠然として取留めがなく、真相は終に永久に葬むられてしまったが、歓楽極まって哀傷生ず、この風説が欧化主義に対する危惧と反感とを長じて終に伊井内閣を危うするの蟻穴となった。二相はあたかも福原の栄華に驕る平家の如くに・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・一般に知識階級が、ある時期に際して、憎視され、甚だしき反感を買うのは、これがために外ならないのであります。 芸術は、血と涙の結晶であると同時に、遅滞した生活を洗錬する革命の炎である。芸術家は、先駆者であり、彼等の行動は、真に犠牲的精神か・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
出典:青空文庫