・・・、小さい時から野良に出て働かせられたし、土方部屋のトロッコに乗って働いたこともある純粋の貧農だったが、貧乏人であればあるほど、一方では自分の息子だけは立派に育てゝ楽をしたいと考える、それに貧乏に対して反撥する前に、貧乏に対してどうしても慣れ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・佐吉さんも亦、其の日はいらいらして居る様子で、町の若者達と共に遊びたくても、派手な大浪の浴衣などを着るのは、断然自尊心が許さず、逆に、ことさらにお祭に反撥して、ああ、つまらぬ。今日はお店は休みだ、もう誰にも酒は売ってやらない、とひとりで僻ん・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・いや、そういう君の上品ぶりの古陋頑迷、それから各々ひらき直って、いったい君の小説――云云と、おたがいの腹の底のどこかしらで、ゆるせぬ反撥、しのびがたき敵意、あの小説は、なんだい、とてんから認めていなかったのだから、うまく折合う道理はなし、或・・・ 太宰治 「喝采」
・・・けれども私は、労働者と農民とが私たちに向けて示す憎悪と反撥とを、いささかも和げてもらいたくないのである。例外を認めてもらいたくないのである。私は彼等の単純なる勇気を二なく愛して居るがゆえに、二なく尊敬して居るがゆえに、私は私の信じている世界・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・をさずけられ、何のばからしいと内心一応は反撥してみたものの、しかし、自分にも、ちっとも名案らしいものは浮ばない。 まず、試みよ。ひょっとしたらどこかの人生の片すみに、そんなすごい美人がころがっているかも知れない。眼鏡の奥のかれの眼は、に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・という言葉にさえ反撥を感じる。まして「思想の発展」などという事になると、さらにいらいらする。猿芝居みたいな気がして来るのである。 いっそこう言ってやりたい。「私には思想なんてものはありませんよ。すき、きらいだけですよ。」 私は左・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・言下に反撥して来る。闘志満々である。「カフェへ行って酒を呑むことを考えなさい。」失敬なことまで口走る。「カフェなんかへは行かないよ。行きたくても、行けないんだ。四円なんて、僕には、おそろしく痛かったんですよ。」実相をぶちまけるより他は無・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・日本の道徳に、とてもとても、こだわっているので、かえって反撥して、へんにどぎつくなっている作品が多かったような気がする。愛情の深すぎる人に有りがちな偽悪趣味。わざと、あくどい鬼の面をかぶって、それでかえって作品を弱くしている。けれども、この・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・灰の微粒と心核の石粒とでは周囲の気流に対する落下速度が著しくちがうから、この両者は空中でたびたび衝突するであろうが、それが再び反発しないでそのまま膠着してこんな形に生長するためには何かそれだけの機巧がなければならない。 その機巧としては・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・ 芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風からは始めて連歌の概念を授けられ、太田水穂氏の「芭蕉俳諧の根本問題」からは多くの示唆を得た。幸田露伴氏の七部集諸抄や、阿部小宮その他諸学者共著の芭蕉俳諧研究のシリーズも有益・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
出典:青空文庫