・・・大声に、――実際その哄笑の声は、烈しい敵味方の銃火の中に、気味の悪い反響を喚び起した。「万歳! 日本万歳! 悪魔降伏。怨敵退散。第×聯隊万歳! 万歳! 万々歳!」 彼は片手に銃を振り振り、彼の目の前に闇を破った、手擲弾の爆発にも頓着・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・僕等の話し声はこの松林の中に存外高い反響を起しました。殊にK君の笑い声は――K君はS君やM子さんにK君の妹さんのことを話していました。この田舎にいる妹さんは女学校を卒業したばかりらしいのです。が、何でも夫になる人は煙草ものまなければ酒ものま・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・縊り殺されそうな泣き声が反響もなく風に吹きちぎられて遠く流れて行った。 やがて畦道が二つになる所で笠井は立停った。「この道をな、こう行くと左手にさえて小屋が見えようがの。な」 仁右衛門は黒い地平線をすかして見ながら、耳に手を置き・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・シオンの山の凱歌を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さして響き亘った。会衆は蠱惑されて聞き惚れていた。底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかりの愛のあらわれにも嵐のように感動した。花の間に顔を伏・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・十五人の男の歩く足音は、穹窿になっている廊下に反響を呼び起して、丁度大きな鉛の弾丸か何かを蒔き散らすようである。 処刑をする広間はもうすっかり明るくなっている。格子のある高い窓から、灰色の朝の明りが冷たい床の上に落ちている。一間は這入っ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・暗い敷台の上には老師の帰りを待っているかのように革のスリッパが内へ向けて揃えられてあり、下駄箱の上には下駄が載って、白い籐のステッキなども見えたが、私の二度三度の強い咳払いにも、さらに内からは反響がなかった。お留守なのかしら?……そうも思っ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ともと高くもない音らしかったが、町の空へ「カーン、カーン」と反響した。 次つぎ止まるひまなしにつくつく法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 撃柝の音は坂や邸の多い堯の家のあたりを、微妙に変わってゆく反響の工合で、それが通ってゆく先ざきを髣髴させた。肺の軋む音だと思っていた杳かな犬の遠吠え。――堯には夜番が見える。母の寝姿が見える。もっともっと陰鬱な心の底で彼はまた呟く。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・また力いっぱいに打ち込んだ棒の音が鈍く反響するというようなところがある。 豊吉は善人である、情に厚い、しかし胆が小さい、と言うよりもむしろ、気が小さいので磯ぎんちゃくと同質である。 そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・夜は更けて人の通行も稀になっていたから四辺は極めて静に僕の靴の音、二人の下駄の響ばかり物々しゅう反響していたが、先刻の母の言草が胸に応えているので僕も娘も無言、母も急に真面目くさって黙って歩るいていました。「森影暗く月の光を遮った所へ来・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫