・・・内懐へ収めるのをつい忘れた。ウィリアムは身を伸したまま口籠る。「鴉に交る白い鳩を救う気はないか」と再び叢中に蛇を打つ。「今から七日過ぎた後なら……」と叢中の蛇は不意を打れて已を得ず首を擡げかかる。「鴉を殺して鳩だけ生かそうと云う・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そして彼をレンズにでも収めるように、一瞬にしてとり入れた。「喧嘩にゃならねえよ。だが、お前なんか向うの二等車に行けよ。その方が楽に寝られるぜ。寒くもねえのに羽織なんか着てる位だから。その羽織だって、十円位はかかるだろう。それよりゃ、二等・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・けれども学校へ十九円納めるのだしあと五円もかかるそうだから。きっと行けると思う人はと云ったら内藤君や四人だけ手をあげた。みんな町の人たちだ。うちではやってくれるだろうか。父が居ないので母へだけ話したけれども母は心配そうに眼をあげただけで何と・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・私は毎日千三十円三十銭だけとって、千三十円だけこの人に納めるのです。」 ネネムが云いました。「そうか。すると一体誰がフクジロを使って歩かせているのだ。」「私にはわかりません。私にはわかりません。」とみんなが一度に云いました。そこ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・若し、心から愛していたのなら、早苗姫が胸を貫いて死んだ刀の血を拭わせずに鞘に納めることもあり得ようが、忽ち、将軍になろうとしての上洛の途につく決心をするのは何故か? 作者が、私の想像するように、早苗を真心から愛したく思っていたのに、彼の・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・それから土地と農民との関係では、大きな地主が土地をもっていて、そこで働く農民はみなその土地を借りて小作して、そして領主や地主に納めるものは現物であったのです。つまりお米とか麦とか、いろいろの野菜とか、鶏とか卵とか、或はお餅でもよいし人蔘でも・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 同じ学生でも、夜の学校に行っているものは、昼間勤めて月給をとっているという理由で、市民税を納めることになった。親の仕送りをうけている学生は市民税は払わない。昼間つとめている少年だの若者たちの得ることの出来る月給とは、一体いかほどのもの・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・ 文章としてここに収めるべき何ものをも持つことが出来なかった一ヵ年程の期間の生活の経験は、おのずから、その後にかかれたものの内容の裡に蓄積されていると思う。 私は、小説を書いてゆく地力の骨組みを強くする意味からも、適当な機会に評論風・・・ 宮本百合子 「序(『昼夜随筆』)」
・・・ けれ共どうしたものか、毎年上るべきものが上らない。納めるものを納めないで自由な暮しをして居るかと思えばそうでもなく、甚助の家よりもっと酷いと云う話を聞いて居る。 行って見た事もないから、どうしてそんな事になるのか分りもしないけれ共・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・あの先年の大合戦の跡でおじゃろうが、跡を取り収める人もなくて……」「女々しいこと。何でおじゃる。思い出しても二方(新田義宗と義興の御手並み、さぞな高氏づらも身戦いをしたろうぞ。あの石浜で追い詰められた時いとう見苦しくあッてじゃ」「ほ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫