・・・隣りに坐りし三十くらいの叔母様の御給仕忝しと一碗を傾くればはや厭になりぬ。寺田寅彦さんと云う方は御座らぬかとわめくボーイの濁声うるさければ黙って居けるがあまりに呼び立つる故オイ何んだと起き上がれば貴方ですかと怪訝顔なるも気の毒なり。何ぞと言・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・気の弱い彼女は、すべて古めかしい叔母の意思どおりにならせられてきた。「私の学校友だちは、みんないいところへ片づいていやはります」彼女はそんなことを考えながらも、叔母が択んでくれた自分の運命に、心から満足しようとしているらしかった。「・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・一応もっとも至極の説なれども、田舎の叔母より楷書の手紙到来したることなし、干鰯の仕切に楷書を見たることなし、世間日用の文書は、悪筆にても骨なしにても、草書ばかりを用うるをいかんせん。しかのみならず、大根の文字は俗なるゆえ、これに代るに蘿蔔の・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・「先ね、私が叔母の家へ行くときっと雨が降るんで、泣き娘って渾名つけられちゃったんです――それがなおったんですけれどね……」 私共は快く雨の夜景を眺め満足を感じつつ悠っくりそこに坐っていた。〔一九二六年九月〕・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 手紙を貰って心痛をしている若い叔母が、愉快でない面持で、妙な小僧! と云った。いやに訳が分らないんだね。本当にね、どうしたんだろうと子供の母親も考えていたが、何かに思い当ったようなばつのわるい表情になり、目にとまらないほど顔を赧らめた・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・非常に人物の傑れた叔母に育てられ、その没後数年は当時のロシアの富裕で大胆で複雑な内的・社会的要素の混乱の中におかれている青年貴族、士官につきものの公然の放縦生活を送った。 三十四歳になったとき、既に「幼年時代」「地主の朝」「コサック」「・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ 宇平の姉りよは叔母婿原田方に引き取られてから、墓参の時などには、樒を売る媼の世間話にも耳を傾けて、敵のありかを聞き出そうとしていたが、いつか忌も明けた。そこで所々に一二箇月ずつ奉公していたら、自然手掛りを得るたつきにもなろうと思い立っ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 石川が大番頭になった年の翌年の春、伊織の叔母婿で、やはり大番を勤めている山中藤右衛門と云うのが、丁度三十歳になる伊織に妻を世話をした。それは山中の妻の親戚に、戸田淡路守氏之の家来有竹某と云うものがあって、その有竹のよめの姉を世話したの・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・「あかんのや、あかんのや、もうそんなことして貰うたて。」と安次は云って押し返した。 しかし、お留は無理に紙幣を握らせた。「薬飲んでるのか?」「いいや、此の頃はもう飲みとうない。」「叔母やん、秋がさっき来てな、安次を俺とこへ置・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 四番目の叔母は私の母とは一つ違いの妹だった。でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑が出来ていて鼻の孔が大きく拡がり、揃ったことのない前褄からいつも膝頭が露出していた。声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒き痒き、細い眼でいつも又この人・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫