・・・お前は豊吉という叔父さんのことをおとっさんから聞いたことがあろう。』 少年はびっくりして立ちあがった。『お前の名は?』『源造。』『源造、おれはお前の叔父さんだ、豊吉だ。』 少年は顔色を変えて竿を投げ捨てた。そして何も言わ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・されど源叔父が家一軒ただこの磯に立ちしその以前の寂しさを想いたまえ。彼が家の横なる松、今は幅広き道路のかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方を洗いぬ。城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・『神田の叔父の処へちょっと行って来ました、先生今晩お宅でしょうか。』幸吉の言葉は何となく沈んでいる。『在宅るとも、何か用だろうか。』『ナニ別に、ただ少しばかし……』『今夜宅で浪花節をやらすはずだから幸ちゃんもおいでなさいな、・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。 叔父の家はその土地の豪家で、山林田畑をたくさん持って、家に使う男女も常に七八人いたのである。僕は僕の少年の時・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・とだった。 二人の子供の中で、姉は、去年隣村へ嫁づけた。あとには弟が一人残っているだけだ。幸い、中学へやるくらいの金はあるから、市で傘屋をしている従弟」と叔父は、磨りちびてつるつるした縁側に腰を下して、おきのに訊ねた。「あれを今、学・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・切られたかと思ったほど痛かったが、それでも夢中になって逃げ出すとネ、ちょうど叔父さんが帰って来たので、それで済んでしまったよ。そうすると後で叔父さんに対って、源三はほんとに可愛い児ですよ、わたしが血の道で口が不味くってお飯が食べられないって・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・兄や叔父の入った未決檻の方へもよく引擦って行った足だ。歩いて歩いて、終にはどうにもこうにも前へ出なく成って了った足だ。日の映った寝床の上に器械のように投出して、生きる望みもなく震えていた足だ…… その足で、比佐は漸くこの仙台へ辿り着いた・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・長兄は、もう結婚していて、当時、小さい女の子がひとり生れていましたが、夏休みになると、東京から、A市から、H市から、ほうぼうの学校から、若い叔父や叔母が家へ帰って来て、それが皆一室に集り、おいで東京の叔父さんのとこへ、おいでA叔母さんのとこ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ あとは、かず枝の叔父に事情を打ち明けて一切をたのんだ。無口な叔父は、「残念だなあ。」 といかにも、残念そうにしていた。 叔父がかず枝を連れてかえって、叔父の家に引きとり、「かず枝のやつ、宿の娘みたいに、夜寝るときは、亭・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・それに、このごろ、涙もろくなってしまって、どうしたのでしょう、地平のこと、佐藤さんのこと、佐藤さんの奥様のこと、井伏さんのこと、井伏さんの奥さんのこと、家人の叔父吉沢さんのこと、飛島さんのこと、檀君のこと、山岸外史の愛情、順々にお知らせしよ・・・ 太宰治 「喝采」
出典:青空文庫