・・・清水忠治。叔父上様。」 月日。「謹啓。文学の道あせる事無用と確信致し居る者に候。空を見、雑念せず。陽と遊び、短慮せず。健康第一と愚考致し候。ゆるゆる御精進おたのみ申し上候。昨日は又、創作、『ほっとした話』一篇、御恵送被下厚く御礼・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 二十年前の我家のすぐ隣りは叔父の屋敷、従兄の信さんの宅であった。裏畑の竹藪の中の小径から我家と往来が出来て、垣の向うから熟柿が覗けばこちらから烏瓜が笑う。藪の中に一本大きな赤椿があって、鵯の渡る頃は、落ち散る花を笹の枝に貫いて戦遊びの・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・当時亮の家には腸チブスがはいって来て彼の兄や祖母や叔父が相次いで床についていたので、彼の母はその生家、すなわち私の家に来て産褥についた。姉の寝ていた枕もとのすすけた襖に、巌と竹を描いた墨絵の張りつけてあった事だけが、今でもはっきり頭に残って・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・やがて虚子が京都から来る、叔父が国から来る、危篤の電報に接して母と碧梧桐とが東京から来る、という騒ぎになった。これが自分の病気のそもそもの発端である。〔『ホトトギス』第三巻第三号 明治32・12・10〕・・・ 正岡子規 「病」
・・・そして鉄道長はわたしの叔父ですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生め、えい」 本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方に電報をかけました。それからしばらく顔色を変えて、みんなの返事をきいていました。確かにみんなから反対の約束・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。 ・・・ 宮本百合子 「秋風」
今まで、紅葉山人の全集をすっかり読んだ事がなかった。 こないだ叔父の処へ行って二冊ばかり借りて来て、初めて、四つ五つとつづけて読んで居る内にフト気づいた事がある。 それは、一葉全集をよんで感じたと同じ事である。・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・―― 三日におめにかかれた時、自分で丈夫だと云っていらしったけれども、本当は余り信用出来なかったのです。叔父上[自注2]が、顔から脚から押して見てむくんでいないと仰云ったので、それでは本当かと、却ってびっくりしたほどです。それにしても体・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・失われた時計については光井叔父上がたのんだ人からいろいろ手続中の模様ですが、役所ではその品物について一々詳細のことを私に訊くよう申すらしいのですが、どうして知って居りましょう まして、帽子などまで! ねえ。困ったことです。この次こまかいこと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの御沙汰もございません。お役人方に伺いましたが、多分忌中だから御沙汰がな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫