・・・ こは山蔭の土の色鼠に、朽葉黒かりし小暗きなかに、まわり一抱もありたらむ榎の株を取巻きて濡色の紅したたるばかり塵も留めず地に敷きて生いたるなりき。一ツずつそのなかばを取りしに思いがけず真黒なる蛇の小さきが紫の蜘蛛追い駈けて、縦横に走りた・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 卓子を取巻きまして御一家がずらりと、お米が姫様と向う正面にあいている自分の坐る処へ坐らないで、おや、あなたあいておりますよ、もし、こちらへお懸けなさいましな、冷えますから、と旦那様。」 婆さんはまた涙含んで、「袂から出した手巾・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 自分の入って来たのを見て、いきなり一人の水兵が水雷長万歳と叫ぶと、そこらにいた者一斉に立って自分を取り巻き、かの大杯を指しつけた。自分はその一二を受けながら、シナの水兵は今時分定めて旅順や威海衛で大へこみにへこんでいるだろう、一つ彼奴・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・気のきかない、げびた、ちっともなっていない陳腐な駄洒落を連発して、取り巻きのものもまた、可笑しくもないのに、手を拍たんばかりに、そのあいつの一言一言に笑い興じて、いちどは博士も、席を蹴って憤然と立ちあがりましたが、そのとき、卓上から床にころ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・孤高だなんて、あなたは、お取巻きのかたのお追従の中でだけ生きているのにお気が附かれないのですか。あなたは、家へおいでになるお客様たちに先生と呼ばれて、誰かれの画を、片端からやっつけて、いかにも自分と同じ道を歩むものは誰も無いような事をおっし・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・静子夫人には、鼻であしらわれ、取巻きの研究生たちにさえ、天才の敵として攻撃せられ、その上、持っていたお金をみんな巻き上げられた。三度おとずれたが、三度とも同じ憂目に逢った。もういまでは、草田氏も覚悟をきめている。それにしても、玻璃子が不憫で・・・ 太宰治 「水仙」
・・・さらに、樋口一葉がそれに向って彼女の小説の中で非組織的な小市民的反抗を自然発生的に示した、明治のブルジョア官僚=官員はほとんどことごとく階級層においては革命的農民と対立した地主的勢力の取巻き志士団のくずれであったこと、故にひろく衆をあつめる・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・往来でもみかけたようなレイン・コートの一隊が広場をグルリと列で取り巻き、手に手におそろしく太いおんなじ形のステッキをついている。みんな鳥打帽だ。 一台、二台、三台トラックがきている。上にギッシリやっぱりレイン・コートの一隊が立っている。・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫