・・・二人はたちまち取組み合いを始めた。顔を真赤にした金三は良平の胸ぐらを掴まえたまま、無茶苦茶に前後へこづき廻した。良平はふだんこうやられると、たいてい泣き出してしまうのだった。しかしその朝は泣き出さなかった。のみならず頭がふらついて来ても、剛・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・肥って丈夫そうなお徳と、やせぎすで力のある次郎とは、おもしろい取り組みを見せた。さかんな笑い声が茶の間で起こるのを聞くと、私も自分の部屋にじっとしていられなかった。「次郎ちゃんと姉やとは互角だ。」 そんなことを言って見ている三郎たち・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・こんど徳川家康と一つ取っ組んでみようと思う、なんて大それた事を言っていた大衆作家もあったようだが、何を言っているのだ、どだい取組みにも何もなりやしない、身のほどを知れ、身のほどを、死ぬまで駄目さ、きまっているんだ、よく覚えて置け、と兄の口真・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ これに反して虎と大蛇との取り組みは実にあざやかである。蛇の闘法は人間にはちょっとまねができず、想像することもできない方法である。客観的認識はできても主観的にはリアライズすることはできない種類のものである。虎もだいぶ他の相手とは見当がち・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・自己と天然と真剣に取組み合わなければ駄目だと思う。昔は天然と絵具だけで出来た無意義な絵が多かったが、近頃は反対に自己と絵具だけの空虚な絵が多くなった。こういう絵にとっては自己がどんな自己であるかが生命である。それを充実させるためには、やはり・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・十余年の昔、夫ピエールと二人で物理学校の中庭にある崩れかけた倉庫住居の四年間、ラジウムを取出すために瀝青ウラン鉱の山と取組合って屈しなかった彼女の不撓さ、さらに溯ってピエールに会う前後、パリの屋根裏部屋で火の気もなしに勉強していた女学生の熱・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・有識人たちの日暮しは、直接自分の肉体で自然と取組みもしないし、野心満々たる企業家でもなかった。一種の批評家として、あるいは当時の支配的社会勢力の理論化のための活動家としての役割である。 近代工業が勃興して、大工場が増加し、そこに働く労働・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ それに対して日本は、今日と全く違った目安でヨーロッパ諸国からは見られていたのであったから、イギリスの力を勘定に入れてもこの取組は、世界の注目の的となるのは当然であったろう。 ロシアの艦隊が、その実質にはツァーの政府の腐敗を反映して・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・と取組みはじめたのであり、その取り組みの中から新しい武器を獲得して来ようとしているのだ、という見地から、そういう今日の流行を人生のディフォーメイションがあるのみであるとする論に反駁していられるのである。 文学におけるディフォーメイシ・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・と取組みはじめたのであり、その取り組みの中から新しい武器を獲得して来ようとしているのだ、という見地から、そういう今日の流行を人生のディフォーメイションがあるのみであるとする論に反駁していられるのである。 文学におけるディフォーメイシ・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
出典:青空文庫