・・・平太郎は知行二百石の側役で、算筆に達した老人であったが、平生の行状から推して見ても、恨を受けるような人物では決してなかった。が、翌日瀬沼兵衛の逐天した事が知れると共に、始めてその敵が明かになった。甚太夫と平太郎とは、年輩こそかなり違っていた・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・父に養われていればこそこんなはずかしめも受けるのだ。なんという弱い自分だろう。彼は皮肉を言いながらも自分のふがいなさをつくづく思い知らねばならなかった。それと同時に親子の関係がどんな釘に引っかかっているかを垣間見たようにも思った。親子といえ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・志して詣でた日に、折からその紅の時は女の児、白い時は男の児が産れると伝えて、順を乱すことをしないで受けるのである。 右左に大な花瓶が据って、ここらあたり、花屋およそ五七軒は、囲の穴蔵を払ったかと思われる見事な花が夥多しい。白菊黄菊、大輪・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・罪人が取り調べを受ける時でも、これだけの苦痛はなかろうと思われる。おとよは胸で呼吸をしている。「おとよ……お前の胸はお千代から聞いて、すっかり解った。親の許さぬ男と固い約束のあることも判った。お前の料簡は充分に判ったけれど、よく聞けおと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・というは馬喰町の郡代屋敷へ訴訟に上る地方人の告訴状の代書もすれば相談対手にもなる、走り使いもすれば下駄も洗う、逗留客の屋外囲の用事は何でも引受ける重宝人であった。その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、女房の受ける処分は禁獄に過ぎぬから、別に名誉を損ずるものではないと、説明して聞かせたけれど、女房は飽くまで留めて置いて貰おうとした。 女房は自分の名誉を保存しようとは思っておらぬらし・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 子供は、お母さんの許しなどを受けるのをもどかしく思いました。ある日、子供は、ひとりで、河の真ん中へ出て、遊んでいました。だんだん、上へ、上へと、太陽のよく当たる方へ、慕って登りました。 なんといううれしい光でしょう。子供は、跳ねた・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・奈良に住むと、小説が書けなくなるというのも、造型美術品から受ける何ともいいようのない単純な感動が、小説の筆を屈服させてしまうからであろう。だから、人間の可能性を描くというような努力をむなしいものと思い、小説形式の可能性を追究して、あくまで不・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ こうした感情は日光浴の際身体の受ける生理的な変化――旺んになって来る血行や、それにしたがって鈍麻してゆく頭脳や――そう言ったもののなかに確かにその原因を持っている。鋭い悲哀を和らげ、ほかほかと心を怡します快感は、同時に重っ苦しい不快感・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・自分の性質には何処かに人なつこいところがあって、自と人の親愛を受けるのかもしれない。 何れにせよ、自分の性質には思い切って人に逆らうことの出来る、ピンとしたところはないので、心では思っても行に出すことの出来ない場合が幾多もある。 あ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫