・・・「そろそろ受付へ行こうじゃないか」――気の早い赤木君が、新聞をほうり出しながら、「行」の所へ独特のアクセントをつけて言う。そこでみんな、ぞろぞろ、休所を出て、入口の両側にある受付へ分れ分れに、行くことになった。松浦君、江口君、岡君が、こっち・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・の間違いなども大分あるようだから、旁々ここに二度の勤めをするこの小説の由来も聞いてみたし、といって、まだ新聞社に出入ったことがないので、一向に様子もわからず、遠慮がち臆病がちに社に入って見ると、どこの受付でも、恐い顔のおじさんが控えているが・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞社だった。受付で一時間ばかり待たされているとき、ふと円山公園で接吻した女の顔を想いだした。庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙に・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ と、すぐさまおれは「受付」の机のうしろに坐り、そして、来た順に並ばせていちいち住所、氏名、年齢、病名をきいて帖面へ控えた。一見どうでもよいことのようだったが、これが妙に曰くありげで、なかなか莫迦に出来ぬ思いつきだった。 お前はおか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 放送局の受付へかけつけた時、「やあ。白崎はん、あんたも来やはりましたか」 声を掛けたのは、赤井だった。「やア。到頭トランクの主が見つかった」 一階の第一スタジオの前のホールで放送の済むのを待っていると、階段を降りて来た・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・雲の絶え間には遠き星一つ微かにもれたり。受付の十蔵、卓に臂を置き煙草吹かしつつ外面をながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よりは煙ゆるやかに出でたり。軽く礼して、わが渡す外套を受け取り、太くしわがれし声にて、今宮本ぬ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・と片眼の細顔の、和服を着た受付が丁寧に言った。「これを」と出した名刺には五号活字で岡本誠夫としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て「どうぞ此方へ」と案内した、導かれて二階へ上る・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民が、好奇心に眼を光らせて受付の方へやって来た。 三十歳をすぎている小使は、過去に暗い経歴を持っている、そのために内地にはいられなくて、前科者の集る西伯利亜へやって来たような男だった。彼・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と今は一切受付けぬ語気。男はこの様子を見て四方をきっと見廻わしながら、火鉢越に女の顔近く我顔を出して、極めて低き声ひそひそと、「そんなら汝、おれが一昨日盗賊をして来たんならどうするつもりだ。と四隣へ気を兼ねながら耳語き告ぐ。さす・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・などと、小癪なことを吐す受付の小使までも、心の中では彼の貴い性質を尊敬して、普通の会社員と同じようには見ていない。 日本橋呉服町に在る宏壮な建築物の二階で、堆く積んだ簿書の裡に身を埋めながら、相川は前途のことを案じ煩った。思い疲れている・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫