・・・そう云った身拵えで、早稲田の奥まで来て下すって、例の講演は十一月の末まで繰り延ばす事にしたから約束通りやってもらいたいというご口上なのです。私はもう責任を逃れたように考えていたものですから実は少々驚ろきました。しかしまだ一カ月も余裕があるか・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・それはな、首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」「そんなことはとても出来ません。」「いいや。出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、も・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
・・・黒の市松模様の油障子を天井にして、色とりどりの菊の花の着物をきせられた活人形が、芳しくしめっぽい花の香りと、人形のにかわくささを場内に漲らせ、拍子木につれてギーとまわる廻り舞台のよこに、これも出方姿の口上がいて、拍子木の片方でそっちを指しな・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・と口上を教えて女中を一番近所に住んで居る京子の所へ迎にやった。 十五分許してから京子が書斎に入って来た時千世子は待ちくたびれた様にぼんやりした顔をしてつるした額の絵の女を見て居た。 今日は大変御機嫌が悪いんだってねえ、・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・すると、隣の店からは軟かい、甘ったるい、うっとりさせる口上が流れて来る。「手前共は、羊皮や長靴などの商いではございません。金銀にまさる神様のお恵みを御用立てるのでございます。これには、もう値段はございません」「畜生! うまく百姓をた・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・と、茶番めいた口上を言った。親戚は笑い興じて、只一人打ち萎れているりよを促し立てて帰った。 寺に一夜寝て、二十九日の朝三人は旅に立った。文吉は荷物を負って一歩跡を附いて行く。亀蔵が奉公前にいたと云うのをたよりにして、最初上野国高崎をさし・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と云う口上であった。 今年の暮には、西丸にいた大納言家慶と有栖川職仁親王の女楽宮との婚儀などがあったので、頂戴物をする人数が例年よりも多かったが、宮重の隠居所の婆あさんに銀十枚を下さったのだけは、異数として世間に評判せられた。 これ・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・と冒頭を置いて、口上めいた挨拶をした。段々準備が手おくれになって済まないが、並の飯の方を好む人は、もう折詰の支度もしてあるから、別間の方へ来て貰いたいと云う事であった。一同鮓を食って茶を飲んだ。僕には蔀君が半紙に取り分けて、持って来てくれた・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・芸者の口上はこうであった。自分は向側の座敷に、大勢来て泊っている芸者の中の一人である。この土地の生れで、兄が一人あった。それが家出をして行方が知れずにいる。然るに先刻向側からあなたを見て、すぐにその兄だと思った。分れてからだいぶ年が立ったが・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫