・・・なぜならば、実行に先立って議論が戦わされねばならぬ時期にあっては、労働者は極端に口下手であったからである。彼らは知らず識らず代弁者にたよることを余儀なくされた。単に余儀なくされたばかりでなく、それにたよることを最上無二の方法であるとさえ信じ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・しかしそれをそうと打っつけに母にも言えないから、母に問い詰められてうまく返答ができない。口下手な省作にはもちろん間に合わせことばは出ないから、黙ってしまった。母も省作のおちつかぬはおとよゆえと承知はしているが、わざとその点を避けて遠攻めをや・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ ひと一人、くらい境遇に落ち込んだ場合、その肉親のうちの気の弱い者か、または、その友人のうちの口下手の者が、その責任を押しつけられ、犯しもせぬ罪を世人に謝し、なんとなく肩身のせまい思いをしているものである。それでは、いけない。 うっ・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・思想の訓練と言葉の訓練とぴったり並走させて勉強して来たのではないでしょうか。口下手の、あるいは悪文の、どもる奴には、思想が無いという事になっていたのではないでしょうか。だからあなた達は、なんでもはっきり言い切って、そうして少しも言い残して居・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・あなたのような、口下手な、乱暴なおかたは、お金持にもならないし、有名になど決してなれるものでないと私は、思っていました。けれども、それは、見せかけだったのね。どうして、どうして。 但馬さんが個展の相談を持って来られた時から、あなたは、何・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そうして信州のひとも、伊豆のひとも、つつましく気がきいて、口下手の笠井さんには、何かと有難いことが多かった。湯河原には、もう三年も行かない。いまでは、あのひとも、あの宿屋にいないかも知れない。あのひとが、いなかったら、なんにもならない。信州・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ ほんによう来とくれやはった、 まっとんたんえ、父はん。 口下手なお君には、これ以上云えなかった。云いたい事が胸先にグングンこみあげて来は来ても、一連りの言葉には、どうしてもまとまらなかった。 お金への手土産に、栄蔵・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫