・・・が、何しろ当人が口癖のようにここへ出す出すと云っていたものですから、遺族が審査員へ頼んで、やっとこの隅へ懸ける事になったのです。」「遺族? じゃこの画を描いた人は死んでいるのですか。」「死んでいるのです。もっとも生きている中から、死・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・―― 万世橋向うの――町の裏店に、もと洋服のさい取を萎して、あざとい碁会所をやっていた――金六、ちゃら金という、野幇間のような兀のちょいちょい顔を出すのが、ご新姐、ご新姐という、それがつい、口癖になったんですが。――膝股をかくすものを、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・え、お前、いつも口癖のように何とおいいだ。きっと養育された恩を返しますッて、立派な口をきく癖に。私がこれほど頼むものを、それじゃあ義理が済むまいが。あんまりだ、あんまりだ。」 謙三郎はいかんとも弁疏なすべき言を知らず、しばし沈思して頭を・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・肩息で貴方ね、口癖のように申すんですよ、どうぞまあそれだけでも協えてやりたいと、皆が心配をしますんですが、加持祈祷と申しましても、どうして貴方ここいらは皆狸の法印、章魚の入道ばっかりで、当になるものはありゃしませぬ。 それに、本人を倚掛・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 金助がお君に、お前は、と訊くと、お君は、おそらく物心ついてからの口癖であるらしく、表情一つ動かさず、しいていうならば、綺麗な眼の玉をくるりくるりと廻した可愛い表情で、「私か、私はどないでもよろしおま」 あくる日、金助が軽部を訪・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ その頃あの人は、人の顔さえ見れば、金貸したろか金貸したろか、と、まるで口癖めいて言っていたという。だから、はじめのうちは、こいつ失敬な奴だ、金があると思って、いやに見せびらかしてやがるなどと、随分誤解されていたらしい。ところが、事実あ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・胸を病んでいて、あこがれの別府の土地を見てから死にたいと、女らしい口癖だった。温泉にはいれば、あるいは病気も癒るかも知れないと、その願いをかなえてやりたいにも先ず旅費の工面からしてかからねばならぬ東京での暮しだったのだ……。 熱海で二日・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・う文句は耳にたこのできるほど聞かされまして、なんでも若い女と見たら鬼か蛇のように思うがよい、親切らしいことを女が言うのは皆な欺ますので、うかとその口に乗ろうものならすぐ大難に罹りますぞよというのが母の口癖でありましたのでございます。 私・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「待ちませんはあなたの口癖ですよ。」「だれがそんな癖をつけました、わたしに。」 武は思わずクスリと笑った。「それじゃどうあっても待ってくださらんの。」「マア待ちますまい、癖になるから。」 と言われて、叔母は盤面を見渡・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・併しそれも唯机に対って声さえ立てて居れば宜いので、毎日のことゆえ文句も口癖に覚えて悉皆暗誦して仕舞って居るものですから、本は初めの方を二枚か三枚開いたのみで後は少しも眼を書物に注がず、口から出任せに家の人に聞えよがしに声高らかに朗々と読んで・・・ 幸田露伴 「少年時代」
出典:青空文庫