・・・蒙求風に類似の逸話を対聯したので、或る日の逸話に鴎外と私と二人を列べて、堅忍不抜精力人に絶すと同じ文句で並称した後に、但だ異なるは前者の口舌の較や謇渋なるに反して後者は座談に長じ云々と、看方に由れば多少鴎外を貶して私を揚げるような筆法を弄し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されてるのは強ち文章のためばかりではない。が、戦記となるとまるで成っていない。ヘタな修羅場読と同様ただ道具立を列べるのみである。葛西金町を中心としての野戦の如き、彼我の五、六の大将が頻りに一騎打の勇戦をし・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・べたべたと客にへばりつき、ひそひそ声の口説も何となく蝶子には気にくわなかったが、良い客が皆その女についてしまったので、追い出すわけには行かなかった。時々、二、三時間暇をくれといって、客と出て行くのだった。そんなことがしばしば続いて、客の足が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・お夏が涼しい眼元に俊雄はちくと気を留めしも小春ある手前格別の意味もなかりしにふとその後俊雄の耳へ小春は野々宮大尽最愛の持物と聞えしよりさては小春も尾のある狐欺されたかと疑ぐるについぞこれまで覚えのない口舌法を実施し今あらためてお夏が好いたら・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・あれは、坂田藤十郎が、芸の工夫のため、いつわって人妻に恋を仕掛けた、ということになっていますが、果して全部が偽りの口説であったかどうか、それは、わかったものじゃ無いと私は思って居ります。本当の恋を囁いている間に自身の芸術家の虫が、そろそろ頭・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・なぜなら、社会に生活する健全な精神の人間生活は、決して情痴の口説で終っているのではないから。荷風、谷崎の世界で、この社会は包み切れるものではないから。新しい日本の人民の発言は、新しく生れた出版社やそこからの刊行物で活溌に展開されようとしてい・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・口々に口説というものを歌って、「えとさっさ」と囃す。好いとさの訛であろう。石田は暫く見ていて帰った。 雛は日にまし大きくなる。初のうち油断なく庇っていた親鳥も、大きくなるに連れて構わなくなる。石田は雛を畳の上に持って来て米を遣る。段々馴・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫