・・・ オルガンティノはこう云いかけてから、ふと思いついたように、いつもこの国の信徒に対する、叮嚀な口調を使い出した。「泥烏須に勝つものはない筈です。」「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、泥・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 彼は突然口調を変え Brother と僕に声をかけた。「僕はきのう本国の政府へ従軍したいと云う電報を打ったんだよ。」「それで?」「まだ何とも返事は来ない。」 僕等はいつか教文館の飾り窓の前へ通りかかった。半ば硝子に雪の・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・などと役人口調で、眼鏡の下に、一杯の皺を寄せて、髯の上を撫で下げ撫で下げ、滑稽けた話をして喜ばせる。その小父さんが、「いや、若いもの。」 という顔色で、竹の鞭を、ト笏に取って、尖を握って捻向きながら、帽子の下に暗い額で、髯の白いに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・じっと前方を見凝めたまま相変らず固い口調で、「いいえ、上手と違いますわ。この頃は気持が乱れていますのんか、お手が下ったて、お習字の先生に叱られてばっかりしてますんです。ほんまに良い字を書くのは、むつかしいですわね。けど、お習字してますと・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・新聞を見たのでたまりかねて飛んできたが、見れば俺も老けたがお前ももうあまり若いといえんな、そうかもう三十七かと、さすが落語家らしい口調で言って、そして秋山さんの方を向いて、伜の命を助けてくだすったのはあなたでしたかと、真白な頭を下げた。する・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・所がそのうち、二度三度と来るうちに、三百の口調態度がすっかり変って来ていた。そして彼は三百の云うなりになって、八月十日限りといういろ/\な条件附きの証書をも書かされたのであった。そして無理算段をしては、細君を遠い郷里の実家へ金策に発たしてや・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・笹川はこう、彼のいわゆる作家風々主義から、咎めるような口調で言った。 彼のいわゆる作家風々主義というのは、つまり作家なんてものは、どこまでも風々来々的の性質のもので、すべての世間的な名利とか名声とかいうものから超越していなければならぬと・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 彼は母に当てつけの口調だった。「知らないじゃないか」「だって、あなたが爪でかたをつけたのじゃありませんか」 母が爪で圧したのだ、と彼は信じている。しかしそう言ったとき喬に、ひょっとしてあれじゃないだろうか、という考えが閃い・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・――これがK君の口調でしたね。何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。 ところで、月光による自分の影を視凝めているとそのなかに生物の気配があらわれて来る。それは月光が平行光線で・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ならぬ事にござ候 先日貞夫少々風邪の気ありし時、母上目を丸くし『小児が六歳までの間に死にます数は実におびただしいものでワッペウ氏の表には平均百人の中十五人三分と記してござります』と講義録の口調そっくりで申され候間、小生も思わずふ・・・ 国木田独歩 「初孫」
出典:青空文庫